5月25日(土)JRハイキング(菅原道真ゆかりの地)ブナ林の古刹菅山寺を裏参道から訪ねる

この日集合場所の木ノ本駅では丁度、観光案内所と土産物販売所(ふれあいステーションおかん)のリニューアルオープンのセレモニーが行われ、関係者の華やかなテープカットの賑わいの横で受付のタイミングとなりました。路線バスには22名が乗車して川合で下車、そこから高時川沿いを大見の集落へ歩く。大見神社のつり橋参道を渡り、医王寺から大見いこいの広場へ。ここで昼食のあと裏参道の山道を黙々と1時間かけて菅山寺境内に到着。菅公お手植えと伝わる欅の古木の下で休憩して、弘法水や陰明門院と白子王子の墓、本殿から朱雀池と神秘的な境内にはモミの木、アカガシの大木、トチノキ、ブナ等の幽玄の森、鳥のさえずりに朱雀池にはモリアオガエルの卵魂も。「ワ~ッ癒される、いいとこやね」の声も上がる中、約1時間の散策を終えていよいよ菅山寺とも別れ、見返り峠への登り道をゆっくりと上がる。峠から山本山、琵琶湖を一望して休憩。ここから一気に坂口の表参道入口へ下山する。ここにある江戸時代からの老舗菊水飴本舗でお土産を購入して一路余呉駅へ。予定通り到着して電車に乗っていただきました。少しきつい位の行程でしたが、天候にも恵まれ心地よい風の中を楽しんで頂けたハイキングとなりました。

医王寺で重要文化財のご本尊について解説
丁度木ノ本駅ではオープニングセレモニーのテープカットのタイミング
一部に難路もありますが、深い緑の参道を行きます
菅山寺のシンボル欅の古木と山門前で記念写真
菅原神社(天満宮)前の朱雀池で
弘法水の由来について解説
見返り峠から山本山、琵琶湖方面を見下ろす この景色が癒しとご褒美

5月19日(日)JRハイキング 滋賀の隠れた人気スポット・土倉鉱山へ

天気予報を見てか参加者は少し減って25名で木ノ本駅から路線バスで出発。このコースは最近ブームとなっている「廃墟スポット」に着目した新企画。土倉鉱山は長浜市の北部、岐阜県境に近い山中にあった銅鉱山で、明治43年の採掘開始から昭和40年に閉山されるまで、戦後の最盛期には関係者、家族など1500人が暮らし、学校、病院、映画館などもある街があったのです。この日は全国トチノキ学ネットワークの初めての全国大会が木之本町で行われ、その現地見学会の参加者の方々と行程が重なりました。鉱山跡付近は全国的にも貴重なトチノキの群生地として保存に向けた取組みが行われています。さて、金居原のバス停から徒歩40分ほどで入口に到着しここで昼食を済ませる。この場所は第3選鉱場跡で続いて第2選鉱場跡を目指す。途中、坑道跡を見ながら新緑の土倉谷を進み30分ほどで第2選鉱場跡へ到着。いずれも施設の残骸が残り廃墟らしさを体感することができた。ただし一部には崩落の危険があるため立ち入り禁止の柵も設置されているので見学には留意する必要があります。ここで大勢の登山者と出会い、にぎやかな声が谷間に響き渡った。ここからUターンして金居原の合歓(ねむ)の里へ下る。ここでもトチノキ組と重なって資料館の中はかなり混雑。ここにはかつての最盛期の鉱山一帯の写真が展示されてあり、地元の方から説明を聞けるなど土倉鉱山の実態を知ることができて参加者の皆さんは大満足の一日でした。

第3選鉱場跡 ここから鉱山跡へ 一部に安全柵が設置されています
緑深い土倉谷を行きます
他の登山グループと出会い賑やかな谷間となりました
第2選鉱場跡に見入る 往時の活況と廃墟とのギャップに想いも複雑です
往時の鉱山の賑わいを示す写真が展示されています
合歓の里で銅鉱石の説明を受ける

5月18日(土)レイカディア大学例会 城郭探訪会 をご案内しました

滋賀県レイカディア大学の5月例会で賤ヶ岳古戦場を訪問されました。総勢80名ほどの学生さん(シニアの方々)を5つの班に分かれていただき5名のガイドでご案内しました。木ノ本駅で注意事項や準備体操などを済ませて出発。伊香具神社を鳥居から参拝してリフト乗り場へ。一般の登山者に交じってもスムーズに乗り込んで山頂駅へ到着。まず奥琵琶湖を見下ろす展望所から歓声の第一声。青空を映して一層青い湖面がきらめく。頂上では記念写真と昼食などで景色を楽しまれた後はガイドの出番で、賤ヶ岳合戦や展望する景色を解説。午後は一班はリフトで下山して木之本宿などの散策コースへ戻り、残り4つの班は尾根道から下山。猿ヶ馬場、大岩山砦跡、岩崎山砦跡を見学して麓の余呉湖観光館で小休止後、予定通り余呉駅に到着して解散となりました。園芸科や健康づくり学科などで学ばれているクラスメイトの方々は終始賑やかに会話が弾む楽しい「遠足」となったようでした。

木ノ本駅で出発式 暑さ対策をしっかりと
賤ヶ岳頂上で合戦のガイド 熱心に聞いていただきました
琵琶湖方面を見下ろして 見慣れた琵琶湖もここから見ると少し姿が違います
下山道 頂上直下など一部に急坂がありますが難なく下ります
大岩山砦跡で ここは守備隊が全滅した激戦地 江戸時代には墓地公園化されました

5月3日(金・祝)JRハイキング (続・日本百名城)山城の教科書・玄蕃尾城跡へ

快晴。爽やかな初夏の日和の中、人気の玄蕃尾城跡を目指して35名の山城ファンが集結しました。このコースは登山口まで路線バスを利用するため乗車定員が上限となって、一部の方にはご希望に沿えないのが実情です。さて、柳ケ瀬バス停からの登山道は一部に急傾斜地を横切る注意箇所もありますが大体緩やかな坂道で、元々は近江の国と越前、敦賀を結ぶ主要道路だったため電柱跡などにその名残りが見られます。到着した峠が倉坂峠でここから少し急坂を登り切ってたどり着くのがお目当ての砦跡です。入口に整備された解説板で砦跡の全体像をつかんで、馬出、土塁、横堀など鮮やかに残る遺構をつぶさに確認。砦跡はきれいに整備され安心して見学することができ、特に圧巻が深い堀切と高い土塁など織豊期の城郭の特徴が良く残る遺構に感慨もひとしおで、皆さんがどうしても来たかった地だと喜んでおられた。下山してからは柳ケ瀬集落に残る関所の建物などを見学して帰路に就きました。

かつての山越えの街道が登山道
登山道入口で注意事項を確認
城跡入口に整備された解説板 
主郭跡で記念写真 山中ではありますが城内はよく整備されていて探索に最適です
下山して柳ケ瀬の集落へ
移築された関所門を見学 ここは明治天皇行在所でもありました

4月28日(日)JRハイキング(タイムスリップし電撃作戦体感)秀吉、美濃大返し関連地を辿る

ゴールデンウイークも2日目、前日には賤ヶ岳リフトも今シーズンの運行開始とあって、いよいよハイキングシーズンに突入。今回は新企画のコースで賤ヶ岳合戦で羽柴秀吉の軍勢の美濃大返しの関連地を巡りました。京阪神や滋賀県南部などから23名の参加で、木ノ本駅をスタート。遅咲きの八重桜が残る伊香具神社参道からリフト乗り場へ。山頂では定点ガイド員の合戦の解説などを聞き、雄大な景色を眺めての昼食。下山コースはまず反撃のため秀吉が到着したと伝わる猿ヶ馬場へ。ここから大澤寺へ降りる道が秀吉が登ったと思われるルートですが林道として拡幅もされているものの、登山道としてはあまり利用されていません。麓の大澤寺は大軍到着に驚いた佐久間盛政の配下が寺の釣鐘を乱打したと伝わり、その緊迫感を偲んで、ここからまた平地を木之本の街へ戻り、意冨布良(おおふら)神社から田上山砦跡へ登る。この砦は秀吉が岐阜城の神戸(織田)信孝攻撃のため転出した際、弟の秀長を総大将に任せた実質的本陣砦で、今は地元の方々により良く整備された砦跡です。皆さんはその規模の大きさ、堀切、郭跡や各所の砦を見渡せる立地などに目を輝かせてつぶさに見学されていた。2026年の大河ドラマではまた注目されるだろうという期待感をもって無事下山となりました。

足取りも軽く賤ヶ岳へ向かう
数日前は八重桜の花道でした
伊香具神社参道
賤ヶ岳山頂で記念写真 見晴らしの良い天気でした
猿ヶ馬場近くの分岐点 メインの登山道から別れます
田上山砦跡からの眺望
田上山砦跡への登山道
砦跡の実測復元図が掲示されています
砦跡は広く、良く整備されています

4月27日(土)JRハイキング ツツジ咲く時期に城跡巡り  小谷城本丸と支城・丁野山城へ

ゴールデンウイーク初日、関西方面を中心に11名の参加となり、新緑の中を和気あいあいの雰囲気でハイキングを楽しんでいただきました。コースは春の特別ご開帳中の小谷寺に参拝して小谷城本丸跡まで登山。昼食後は小谷城戦国歴史資料館へ下山し、支城の中島城と丁野山城の城跡巡りをして河毛駅に戻るコースです。まず小谷城の城下町跡の西本町(現状は田)から虎御前山を望み小谷城攻防戦を偲ぶ。浅井氏の祈願寺の小谷寺で秘仏を拝観できたのも良いご縁となりました。小谷城跡は本日からバスの運行が始まり、要所にはガイドも駐在しているため城跡の解説を聞き、下山後は郡上宿の一里塚跡などを通り中島城と丁野山城跡へ登る。この両城は小谷城攻防戦には朝倉軍が守備していました。中島城跡には500本のツツジが植えられ、まさに満開のタイミングに春満喫のハイキングとなりました。

城下町跡の西本町から虎御前山を望む
特別ご開帳の小谷寺で記念写真
江戸時代の郡上宿 一里塚跡で
小谷城定点ガイド員の解説を聞く
中島城跡はツツジが満開 足元にも可憐な花々が

4月21日(日) JRハイキング 好評“おとちの岩窟”春コース 敗者石田三成が再起をかけて潜伏した岩窟へ

毎回人気のコースで、今回もキャンセル待ちも含め30名以上の申込みだったのですが、天気予報が固まるに連れ14名の参加にとどまりました。比較的低い山とは言え雨の中の登山はガイドとしては細心の注意を払うところ。出発時点では曇り空でも安全確認と注意事項を徹底して登山開始。とりあえず鉄塔下の見晴らしの良い所で早い昼食をとることを目標にし、どうにか小降りの間に済ませることができ一安心。その後雨脚が強まりガスもかかり始めたため隊列が途切れないよう徹底するなど安全策が奏功して予定より早く岩窟に到着することができ、心配していたメインイベントの洞内探検にも10人が挑戦し、大いに満足していただくことができた。下山道はうって変わっての急坂のため、一層足元に細心の注意を払い慎重に声を掛け合いながら無事林道へ。皆さん一様に達成感や感激、感動の言葉で盛り上がり、三成ファンの熱い情熱と健脚で人気コースを終えることができた一日でした。

登山口で注意事項を徹底 
少しガスがかかってきましたので慎重に
見晴らしの良い鉄塔下まだ小降りです
万全の雨装束で笑顔がいっぱい
ガッツポーズもピースサインも ついにやって来たオトチの岩窟に感動のひと時
無事林道まで下山

4月20日(土)JRハイキング 春爛漫の賤ヶ岳と余呉湖を楽しむ    (武将も駆け抜けた砦跡と湖畔を歩きませんか)

好天に恵まれ、京阪神方面からも多くの参加があり総勢36名で余呉駅を出発。まず余呉湖利水と羽衣伝説に関係する式内社の乎彌(おみ)神社に参拝し、秀吉方の岩崎山砦跡へ上がる。ここはキリシタン大名の高山右近が守備しましたが、敵襲に戦わずに撤退したことで知られます。ここから次の大岩山砦跡へ。ここは中川清秀以下の守備隊が全滅したのですが、江戸時代に墓地として整備された名所で、現代まで途切れることなく維持されています。ここから数か所の坂道をもろともせず賤ヶ岳山頂へ。ここまでの疲れを一気に吹っ飛ばしてくれたのが「賤ヶ岳の大観」の景色。やや霞がかかっていたものの両方の湖面を見下ろしての昼食でくつろぐ。午後は余呉湖畔へ下り、サワオグルマ群生地も満開寸前の花盛り。近年は群生地が周辺の湿地帯に広がり黄色の湖畔の風情を見せる。ソメイヨシノの後を受けて咲き誇るのが濃いピンクの八重桜。この花の下の園地を歩き、予定通り余呉駅に帰着、解散となりました。

道端の小さな花も見逃さずに
岩崎山砦跡を散策
林道から大岩山砦跡へ
大岩山砦跡の中川清秀公と家臣団の墓標前で
余呉湖畔のサワオグルマ群生地で記念写真
八重桜の下の園地を歩く
お花畑を散策

4月19日(金)トピックス  奥びわ湖観光ボランティアガイド協会現地研修 「紫式部ゆかりの地をゆく」を実施しました

今年度の現地研修の第一弾として、大河ドラマに合わせ紫式部ゆかりの地を訪ねました。長徳2年(996)、父藤原為時に同行して越前国へ下向する紫式部(24才頃か)は、平安京から逢坂を越え、大津の打出浜から船出して塩津の港に上陸。そこから塩津山を越えて敦賀に入り、更に木ノ芽峠を越えて国府のあった武生(現越前市)に行ったとされます。 今回の研修は、塩津海道と紫式部の塩津山越えの道を追体験しようとするものです。紫式部はこの道を輿に乗って通ったのですが、輿担ぎの男たちが「いつ来てもこの道は難儀だな」と愚痴るのを聞いて詠んだのが、「知りぬらむ 往来(ゆきき)にならす塩津山 世に経(ふ)る道は 辛きものぞと」の句です。お前たちよ、人生とはこの道のように辛いものだと知らないのか、と言う意味だそうです。若い女性としてはなかなかの上から目線の句ですね。この道は中世には深坂古道として栄えた北陸と琵琶湖水運を結ぶ重要な街道でしたので、道中には問屋場跡や日本海とを結ぶ運河計画が頓挫したという堀止め地蔵を祀るお堂もあって、ハイキングコースとしても見どころが沢山あります。今後注目が高まる事でしょう。

古道へ降りて行きます
深坂古道入口案内板で
道中にある何かの祭祀の場所?
すぐに問屋跡の石垣があります
堀止め地蔵堂に参拝 地元の方によりよく整備された霊地
祀られている堀止め地蔵は運河計画を諦めたという故事による
深坂峠 研修はここまで この先に紫式部の歌碑があります

3月31日(日)JRハイキング(浅井・朝倉VS信長・家康の激突地へ) 姉川の桜堤を歩き姉川古戦場を巡る

去年に合わせて「桜」を期待した企画が、あいにく遅い寒波に開花が遅れたため「♬梅は咲いたか、桜はまだか…」の気分でしたが、朝から春本番並みの陽気に京阪神、愛媛、静岡からのファン23名で虎姫駅を出発。姉川堤防道はガイドや参加者の気持ちを少し察したかのような一分咲きのピンク色でお迎え。国友鉄砲の里散策の後は朝倉軍と徳川軍の激戦地の「ちはら公園で」花見弁当(?)を楽しむ。午後は、古戦場戦跡碑、家康本陣跡の岡山から信長本陣跡の陣杭の柳と進み、臥龍山系北端の龍ヶ鼻へ登る。ここは茶臼山古墳として整備もされている一帯を見渡せる眺望地ですが、合戦では浅井軍の猛攻で信長軍が一時窮地に立たされたという伝承地でもあります。折しも本年は辰年で、辰にまつわる臥龍山系先端部に来れて意義深いとの感想も聞かれました。小谷城攻防戦へとつながる元亀騒乱の舞台をつぶさに体感して、帰り道は北郷里街づくりセンターからの路線バスで予定通り長浜駅に帰着、解散となりました。

国友鉄砲の里 国友一貫斎屋敷を見学
堤防道は一分咲き!
姉川古戦場の看板が見えてきました
堤防から合戦の様子を見物?
古戦場看板で記念写真
龍ヶ鼻から古戦場を俯瞰 戦況は如何に
織田信長陣跡「陣杭の柳」で