JRハイキング(新緑の山に仏教文化の史跡を訪ねる)  樹齢1000年の逆杉を訪ねるトレッキング

「ウワー凄い!」「こんなの見たことない!」「すごい迫力、来て良かったー!」目的地である高尾寺跡の逆杉(さかさすぎ)に出合った瞬間の第一声です。堂々たる樹齢千年と言われる逆杉は今日も圧倒的な大きさで我々を迎えてくれました。寺跡の境内に入る直前に早くから逆杉を探さず近くまできたら私が「あれが逆杉です」と言いますからと念を押したのですが、先頭の方の思わず出た言葉につられ一斉に顔を上げ感嘆の声が上がりました。シナリオは外れましたが案内して良かったとガイド冥利に尽きる瞬間で、自分が褒められたような誇らしい気分で疲れもふっ飛ぶひと時となりました。その後、写真タイムも一段落して昼食を済ませてからこの木の由来説明と記念写真。今回は感動の逆杉との対面の他、山々の新緑がすばらしく、「きれいやな」「来て良かったな」という声が終始聞かれ、特に鶏足寺参道のもみじの林は明るい日差しが透けて青空に映え、正に息を飲む美しさで、ここでも感動の声がしきり。ここは秋には紅葉の名所として知られる所ですが、新緑の季節もまた格別です。そこでサプライズとして近くの茶畑も案内し、茶摘み前のみずみずしい緑にまたまた感嘆の声です。実は今回のハイキングは4月末時点まで参加希望者が数名、連休中頃でもなかなか申し込みが少なかったのですが、天気が確定してくる連休明けあたりから増え出し、前日申込を会わせ最終的に20名となり、遠くは奈良、姫路、福井あたりからも来られていました。ハイキングコースはなかなかの難コースでしたが、帰りは大木のパワーと新緑の安らぎで参加者からは大変感謝され、次の計画を楽しみにしているという注文まで頂き、我々ガイドも満足感一杯のハイキングでした。

登山開始前に注意事項を確認
登山道は一部急な道もあります
逆杉に到着 
この容姿とたたずまいには畏敬の念を禁じえません
記念写真 明るい日差しのもと思い出深いハイキングとなりました
秋には大変にぎわう鶏足寺参道の紅葉も新緑のこの季節もまた格別

5月9日(土)JRハイキング(賤ケ岳合戦・最前衛地を体験) 東野山砦跡と天神山砦跡を訪れる

県下全域に強風注意報が出て小雨もある朝でしたが、出発のころには青空が徐々に広がり天気の心配はなくなり、岡山、愛知や京阪神等遠方からの27名の方々の歴女、山城男子でにぎやかに出発。まずは北近江豊臣博覧会の賤ヶ岳戦国ステーションに立ち寄る。ここは賤ヶ岳合戦の様子が臨場感たっぷりにわかる展示で人気の施設です。ここで一通り見学して、東野山砦跡(標高410m)を目指す。北陸自動車道の跨線橋から林道を進むと、自生の藤の花が散り始め紫の絨毯を踏むような箇所や、林間からは余呉湖、賤ヶ岳、山本山、行市山等が観られ、予想以上の展望に参加者の気持ちも弾み、砦跡に到着し昼食とする。この砦は羽柴方の猛将とされる堀秀政の陣所で、柴田方を抑える最前線とあって強固な造りのため、各所によく遺構が残り当時に思いを馳せくまなく探索する。ここを後に林道を下山すると自動車道路の建設で殆ど遺構が失われた羽柴方の馬防柵があった所からは両軍の陣営の配置も一望されます。次の目的地は天神山砦。登山口は式内社の草岡神社裏とあって神社にも参拝する。この砦は標高約210メートルの低山に位置するものの、登山道は木々の茂りがあってかき分け、かき分けして砦跡に到着。ここは羽柴方が合戦の最初に築いた最前線の砦でしたが、柴田方が高所の山々に築城したためここを放棄して後退したのでした。当時の緊迫感を想像しつつ、予想以上に規模が大きく精巧な造りに驚かれる方も見られた。ここに湖北地方の低山に自生する光合成を行わないギンリョウソウ(別名ユウレイタケ)がひっそりと咲いているのが見られ、その珍しさに写真に収める方もありここを後にする。余呉駅への帰路では、再度戦国ステーションに立ち寄られる方、個人では中々訪れることが困難な二つの砦に来られたと喜びを語られる方などそれぞれの思い出を胸に帰途につかれました。

東野山砦跡で記念写真 春の日差しも暖かく笑顔もいっぱい

5月2日(土)JRハイキング(賤ケ岳合戦城砦シリーズ) 柴田勝家の本陣・玄蕃尾城跡へ

ハイキングでは事前に下見で登山道の安全を確認するのですが、今回は前日に強い雨があり、その影響が心配されましたが道中はほとんど問題なく無事に砦跡に到着できました。参加者は大河ドラマの影響を感じさせる愛知県方面からの方が多く見受けられ、総勢32名でその内約8割の方が初参加で、また7割ほどが女性という、歴女、砦ガールの面々の構成でいざ出陣!。山を目指す健脚ぞろいとあって予定より早く砦跡に到着。入口の看板で砦の全体像をつかんでいただき、まず虎口から高い土塁などの明確な砦遺構が広がり、ワクワク感が高まる。この砦は実戦には使われず、そのため遺構が見事に残っています。深い堀切り、高い土塁など足を滑らせたら大変と注意してのぞき込むなど各所で砦の構造や役割を解説し昼食までに全体の散策を済ませる。昼食後は賤ヶ岳合戦の解説に現場での臨場感も高まり大いに楽しんでいただけました。路線バスの時間に合わせて柳ヶ瀬の集落に下山。ここは江戸時代には関所がおかれた所で、その門が移築されて現存します。その屋敷は明治の初め北陸巡行をされた天皇の行在所でもあり、それを示す石碑も建ち歴史を感じさせます。帰路では中之郷で下車して北近江豊臣博覧会の賤ヶ岳戦国ステーションへ向かう方、木ノ本駅では解散後賤ヶ岳へ向かわれる方など戦国ファンにはとっておきのハイキングとなりました。

柳ケ瀬集落の登山道入口の看板で注意事項を確認
登山道入口 「いざ出陣じゃあ!」
砦跡入口の解説板で全容を掴む
馬出廓とある標柱 高い土塁など各所に見事な遺構があります
主郭跡に到着 よく整備された広場になっています
主郭跡で記念写真 春の日差しの下満足感一杯の皆さんです

4月26日(日)奥びわハイキング(大河ドラマ「小谷落城」時に城跡巡り) 小谷城本丸と中島城へ

このハイキングは自主企画の奥びわハイキングとあって参加者は小谷城ファンの方達10名の参加となりました。丁度、NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」では姉川大合戦から小谷落城に向かうというタイミングでもあり皆さんの興味は最高潮の雰囲気で河毛駅を出発。小谷城は石垣の城として注目され、浅井久政の「石垣用の石を運ぶ」古文書が再発見されたというニュースに、「山王丸の大石垣が非常に美しく見やすくなっています。今のうちにぜひ!」との中井先生のメールの披露もあって一層の盛り上がりです。そこで皆さんのご賛同を得て落城スペシャルとして山王丸・大石垣まで行くことになりました。まず小谷城戦国歴史資料館から番所へ、そして先週の大河ドラマの姉川合戦場、横山城をしっかり展望しました。桜馬場からは宮部村から虎御前山城まで信長が築いた軍道を展望しました。ドラマでは宮部村出身の宮部継潤が登場し、秀吉の調略により信長方に寝返ることになります。本丸を経て京極丸へ。京極丸では秀吉が攻め上がってきた虎口を探訪して、ここで昼食をとりました。午後は山王丸の美しい大石垣を鑑賞して記念写真を撮り、次の目的地へ向かうため資料館へ下山しました。ここから小谷郡上町の北国脇往還を散策しながら中島城へ到着。いま中島城はツツジが満開です。この城は丁野山城の出城的な存在で、主に朝倉軍が守備していましたが、大嶽城の落城と共に朝倉軍の本陣田上山へと逃げたのでした。こうしてドラマの舞台を踏破して大満足の中、予定通り河毛駅にゴールインし解散としました。

宮部継潤の宮部村から延びる軍道 姉川合戦場や長浜城も一望する
京極丸虎口で激戦を偲ぶ
山王丸の大石垣前で記念写真
番所跡から下山する
ツツジが満開の中島城を散策する

4月25日(土)JRハイキング(柴田方・佐久間盛政の砦へ) 賤ヶ岳合戦の発端となった行市山を訪ねる

戦国ファンにとっては人気のコースとあって、30名近い参加者がありました。路線バスを利用するため木ノ本駅に集合。木ノ本駅構内には北近江豊臣博覧会のポスターなどが展示され、駅のすぐ向かいの山が羽柴秀長の田上山砦とあっていやが上にも気分が高ぶる。今市バス停近くの登山口にあるのが毛受の森。賤ヶ岳合戦の最終決戦場で柴田勝家の身代わりとして戦死した毛受勝介兄弟の墓所です。ここから行市山を目指して登山開始。途中に点在するのが柴田勝家方の砦群で、栃谷山砦、中谷山砦を過ぎると別所山砦。合戦のキーマンともなる前田利家親子が最初に布陣した砦です。ここからの途中には一箇所補助ロープに頼る急坂もありますが、ここを過ぎると展望所に差し掛かり、「わあー」という歓声。道中は若葉が茂る山道でしたので展望がきかず一気に視界が開けたのでした。小休止のあとは程なくして行市山山頂に到着。山頂付近一帯が佐久間盛政の砦跡です。ここから見下ろすと秀吉方の陣営が見渡せ、皆さん盛政の気分で一帯を見下ろされていました。昼食、集合写真を済ませて下山開始。元の道を下りますが、参加者の中には中谷山砦の縄張り図をスマホに入れて解説していただく方もありさすがのファンと感心しきり。最後は毛受兄弟が立て籠もったと伝わる林谷山砦跡へ寄り道し、激戦を偲んでいただきました。好天に恵まれ、健脚の皆さんとあって、無事に早めの下山ができ、余裕でバスに乗ることができました。

登山口の毛受の森 登山ルートの案内板もあります
登山開始 若葉の間からは木漏れ日も
別所山砦跡 解説板に参加者の縄張り図もあって詳しく探索
ロープに頼る急坂 もうすぐ展望所です
山頂で記念写真 健脚の皆さんは疲れもなく笑顔がいっぱい
敵陣?を見下ろして下山開始
毛受兄弟が立て籠った林谷山砦跡 身代わり作戦とは知らず秀吉方が猛攻撃しました

4月19日(日)JRハイキング(武将も駆け抜けた砦跡と湖畔を歩く) 春爛漫の賤ヶ岳と余呉湖を楽しむ

正に春爛漫の陽気のハイキング日和。余呉駅には主に京阪神方面からの参加者35名で、特に女性の姿が目立つ。リピーターの方々あり、大河ドラマファンの方達もあってにぎやかに出発。まず登山口の式内社「乎彌(おみ)神社」に参拝して古い歴史に触れていただく。そこから登山道へ向かい、一部のややきつい坂もなんのその岩崎山砦跡に到着し、砦跡の全貌を見学。続いて大岩山砦跡では合戦で全滅した守備隊の中川清秀以下の武将たちの墓所とあって激戦を偲んで当時の武将たちの逸話に花を咲かせる。予定通り賤ヶ岳山頂に着くと何と多くの登山者で大賑わい。今後ドラマの進行に連れて更なる賑わいが期待される。眺望を楽しみながらの昼食後は、3人のガイドが分担して姉川合戦、小谷城攻防戦に賤ヶ岳の戦いなどの眼下に広がる戦国の合戦の舞台を指さし解説する。放映中のドラマの場面を合わせて皆さん思いを巡らせている様子。午後は賤ヶ岳七本槍の面々が活躍したと伝わる切通し峠から余呉湖畔へ降りる。この湖畔道はソメイヨシノは葉桜となったものの、一部遅咲きの八重桜が鮮やかな色で迎えてくれる。その中でこのハイキングの目玉でもあるサワオグルマ草の群生地は満開を迎るタイミングとあって、お花畑を散策し写真に収める。道端にはスミレやイカリソウなどの小さな花もありここへカメラを向ける花好きの女性の姿もあって、余呉湖を横目に見て登山道でくたびれた足取りも忘れて元気に余呉湖観光館に到着し解散としました。

余呉駅で出発式 絶好のハイキング日和
乎彌神社に参拝し安全の祈願も
岩崎山砦跡を目指す 木漏れ日で明るい登山道
大岩山砦跡で激戦の様子を偲ぶ 奥には中川清秀以下全滅した守備隊の墓碑が
賤ヶ岳山頂で記念写真 後方は伊吹山 賤ヶ岳の大観とはまさにこれなり!
七本槍の面々が活躍した辺りの道を下る
余呉湖畔へ降りる ここからは湖畔道
サワオグルマ群生地 もうすぐ辺り一帯は黄色一色のお花畑に
遅咲きの八重桜も待っていてくれました

4月11日(土)JRハイキング(余呉は俳句の地) 余呉湖一周、湖畔に建つ句碑を読み解く

余呉湖周辺の桜は満開を過ぎたとは言え、余呉湖観光館では桜まつりが開催中とあって、屋台、マルシェで賑わいの中、お土産も手に穏やかな日和の下、15名の参加者の気分も盛り上がる。今回の企画は余呉湖周辺に建てられた句碑を巡り、また参加者も句を詠むというもので道中では季語の解説や著名な俳人の句を味わっていただきました。湖畔道にはソメイヨシノは初雪のように花を散らしたものの、それに次ぐ遅咲きの八重桜がチラホラと咲き、サワオグルマの群生地ももうすぐ黄色一色になりそうで、花のバトンタッチは順調に進みそうな気配です。さて最初の句碑は山口誓子の「秋晴れに 湖の自噴を 想ひみる」。まだ花を残す若木の桜の林に囲まれて建つこの句は季節こそ違え、同じ青空の下で詠み人と一緒の気持ちで余呉湖を眺めることができました。この対岸にあるのが江戸時代の俳人、斎部路通(いんべろつう)の「鳥共も 寝入っているか 余呉の海」。芭蕉の門人のこの人は漂泊の俳人で、この句を芭蕉は絶賛したとされ、冬の夕暮れ時の静寂の様子を見事に詠んでいます。昼食を挟んで余呉湖ビジターセンターの天女のモニュメントの脇にあるのが現代の俳人、大橋桜坡子氏ほか3基の句碑。いずれも余呉湖の風景などが詠まれています。この後、余呉湖を離れ北近江豊臣博覧会の賤ケ岳合戦エリアの施設、賤ケ岳戦国ステーションへ向かいました。ここでは大河ドラマの進展や合戦の様子をリアルに体感できるとあってまた楽しいひと時を過ごしていただきました。余呉駅に戻り、電車待ちの間に皆さんの詠まれた句の披露です。俳人ガイドの適切な解説により、お互いの句に拍手や感嘆の声が上がる中、電車の時間となり吟行ハイキングも名残り惜しくも解散となりました。

明治生まれの俳句の大家山口誓子の句碑 旧余呉町では何度か俳句大会が開かれました
サワオグルマ群生地 もうすぐ付近は黄色一色に覆われます
道中にはまだまだ桜も咲いています
右の柱が路通の句碑 この俳人も余呉湖へ吟行したのでしょう 左の柱にはこの句の賛辞が
菊石姫祭場 余呉湖に伝わる伝説の解説も 丁度翌日にはここで湖神祭の祭典がありました
うららかな湖畔道を進む一行 この頃には風景と季語を思い浮かべながら一句、二句と

3月29日(日)JRハイキング(浅井、朝倉と信長、家康そして三成を偲ぶ) 姉川桜堤を歩き姉川古戦場と石田三成生地へ

戦国時代の戦場巡りに加え、ハイキングのテーマに姉川桜を掲げていることもあって、ガイドとしては開花状況が気になるところ。事前の下調べで一部に開花が見られ何とか面目が立ちそうとの思いで駅へ。今日一日全国的に好天も予想され、虎姫駅には兵庫、奈良や愛知、福井などから16名に参加いただき、まずは姉川堤防道へ上がる。この付近の桜は周囲より早く開花し、続く国友橋付近では河津桜等のピンクの色が濃く早く開花する品種も植えられてあり期待以上との歓声も上がり一安心。国友の町に入ると、ここは国友鉄砲の里として知られる戦国時代の鉄砲の一大生産地で、最盛期には鉄砲関連職人が500人を超え、それを伝える鉄砲資料館、江戸時代の鉄砲職人でもあり多才な科学者でもあった国友一貫斉の屋敷などを見学し、往時を偲ばれていた。再び姉川堤防道へ戻ると、春霞にけむる小谷城、大依山、横山城など大河ドラマ関連の地を望み、熱心にガイドの説明を聞いていただく。激戦地の名を留める血原公園に至りここで昼食とする。この付近は、姉川合戦時朝倉軍と徳川軍とが死闘を繰り広げた地とも伝わるものの、今はグラウンドゴルフ場として整備されて地元の方々の憩いの場となっていてトイレも使わせていただく。午後一番には姉川戦跡碑へ立ち寄りここで集合写真とする。野村橋で姉川を渡って合戦時徳川家康が陣を置いたとされる地へ至る。ここは信長が戦勝を祈願した流岡神社があった所で、元は岡山の地名が家康の勝利から勝山となったとされます。樹齢1300年とされる大杉の梢が枯れているのは激戦の矢玉の跡とも言われます。姉川から離れ、最終目的地の石田町へ向かう。ドラマ後半で石田三成登場とあって皆さんの期待も高く会館の展示品の説明に耳を傾けておられた。この後路線バスにより長浜駅に向かい解散としました。

姉川堤防道へ 提灯も準備され開花間近ですが…
ここは特別に早く咲いてくれました?
国友鉄砲の里を散策 住民の方々によりきれいな街並みに整備されています
やや春霞の中にも戦国の関連地が望めます
姉川合戦戦跡碑で記念写真 うららかな日和で桜の満開はもうすぐです

3月28日(土)JRハイキング(小谷城落城に迫る) 秀吉の小谷城攻めのルート(からめ手道)

今回のハイキングは、秀吉の小谷城攻めのルートの一つ「からめ手道」を追体験する企画です。これは若葉の出る前の見通しの良いこの時期にしかできません。好天に恵まれ、城マニアの方々13名とガイドメンバーから5名の研修参加になりました。午前中は通常ルートで番所から大広間を経て本丸横から大堀切に入り、京極丸では下段に下り、秀吉が攻め上がってきた虎口をしっかり探訪してここで昼食をとりました。午後は山王丸へ上がりきれいに整備された大石垣前で記念写真を撮って、六坊から土佐屋敷跡(現大野木屋敷)へ下りここでも石垣に注目。小谷城絵図ではここから「からめ手道」が中腹の大野木曲輪(くるわ)へ通じています。この曲輪は京極丸下にあり、秀吉軍はここから京極丸虎口へよじ登ったと考えられます。このからめ手道を登り、また急斜面を下ると大野木曲輪に到着です。この曲輪で小谷城落城の様子を熱く語るのがベテランガイドで、皆さんも熱心に聞いていただき激戦の様子を偲んでいただきました。その後、本丸下を通る横掛けの道から虎御前山展望所に出ました。細い横掛けの道を通りながら斜面の途中に現れる大きな竪堀にも注目。複雑な城の作りに大いに感心しながら通り抜けました。小谷城の主要砦跡をほぼ踏破して全員無事に麓の戦国資料館に下山しました。

好天の河毛駅から出発
本丸横から大堀切を目指す
京極丸下 草木の茂りはなく良く探索できます
京極丸虎口 秀吉軍が攻め込んだと伝わります
大石垣前で記念写真 地元保勝会の方々によりきれいに整備されています
大野木曲輪跡
土佐屋敷跡 写真も使って詳しく解説するガイド

3月21日(土)JRハイキング(秀吉、秀長兄弟が勝利の勝鬨をあげた!) 豊臣秀長が陣を張った田上山砦を体感

木ノ本駅には大河ドラマの進行に連れていよいよ賤ヶ岳合戦の現地を訪ねたいとする方が増えてきたようで、この日も京阪神方面の方々など22名の皆さんが集結。この方面が初めての方も多く、ガイドには興味津々の期待感がひしひしと感じられ力が入る。まず街道筋の牛馬市跡を通過すると砦への登山口の意冨布良(おおふら)神社に到着。ここで解説板により砦の成り立ちなどを聞いていただく。さて登山道は登り始めは多少きつい坂道ではあるものの、やがて木々が取り払われた見晴らしの良い所へ着くと一斉に歓声が上がる。眼下に木之本の街並み、向こうには賤ヶ岳から琵琶湖、竹生島方面が一望です。ここを過ぎるといよいよ砦の遺構の一部が現れ、南郭、主郭へと至り、砦の解説板で全体像を掴んでいただく。西郭へ進むとここもまた眼下を一望。左遠方には姉川合戦場、その手前には小谷城と枝城の田部城、北へ転ずると賤ヶ岳合戦の主戦場を一望する。参加の皆さんはここから戦況を見ていた秀長の気分になって戦国の世に思いを巡らせている様子。昼食を済ませ午後は北郭へ進む。ここは城郭ファンの方にはたまらない、食い違い虎口や角馬出しなど北からの侵攻に備えた貴重な遺構が残り、ガイドの解説にも力が入る。こうして広い砦跡を隈なく探索して下山する。折しも木ノ本駅には豪華列車で話題の「瑞風」(みずかぜ)が停車中とあって駅は鉄道ファンで大賑わい。天気に恵まれ、戦国ファンの皆さんには十分楽しんでいただいたかと思われ、今年一年の北近江豊臣博覧会の成功に期待が膨らむハイキングでした。

北国街道木之本宿 戦国武将山内一豊が名馬を買い求めた牛馬市跡
意冨布良神社境内 氏子の厚い信仰心と財力によりよく整備された境内
境内の脇が砦への登山口 ここの解説板で砦の概略をガイド
急坂を登り切ると見晴らしの良い所へ ここからの景観に歓声が上がる
主郭の解説板で砦跡の全体像を解説
北の賤ケ岳、大岩山方面を望む 秀長は砦が陥落される様子を見ていた筈です
各所に残る土塁、堀切などを観察する

主郭跡で記念写真 木漏れ日も心地良い一日でした