10月17日(土)JRハイキング(ハイキングと古民家での郷土料理を楽しむ)豊臣兄弟戦いの地、田上山砦と郷土料理

秋晴れの中、清々しい風を受けながら12名の参加者は木ノ本駅から歩き始め、飛鳥時代創建と伝わる意富布良神社にお参りしてから田上山砦を目指して登り始めました。リピーターや健脚の方々とあって予定どおりに歩きつつ、伐採整備された登山道から賤ヶ岳、山本山や琵琶湖の景色を望みながら主郭に到着。よく残っている遺構の数々のガイドの説明を興味深く聞き入っていただき、砦跡の曲輪群をじっくりと見て満足しておられるようです。これらの曲輪群は地元有志の会(十数名)が平成23年から「後世に伝えねば」との熱い思いで雑草、灌木、倒木などを取り除いたところ、城郭の教科書のような構造物が出現したという話に驚かれていました。ここは賤ヶ岳合戦関連遺構の中でも最大級の砦跡とあって興味津々の様子で、堀切、横堀、竪堀、虎口、土橋など高度な防御機能群の実物を見て満足されておられた様子でした。何よりも近年まで発見されなかったということで保存状態の良さは見る人に感動を与えてくれます。伐採されて見晴らしが良くなった西郭から遠くの伊吹山、小谷山、北国街道や賤ヶ岳合戦の舞台となった大岩山、岩崎山などを望むことができました。当時の戦況を説明すると、羽柴秀長、柴田勝家や中川清秀など武将たちの思いが想像されて、テレビや本では味わえない体感に満足されていました。下山後は北国街道木之本宿へ。そして昼食は参加者のお目当てでもある秋の味覚満載の郷土料理を復興された古民家でいただきました。地元スタッフの皆さんが朝の8時から料理の仕込みをしていたという話と具材やレシピの説明などを聞いて感嘆の声も聞こえました。栗ご飯をはじめ地元食材を使った料理に舌鼓を打ちながら楽しく歓談され、解散としました。

急坂もなんのその 砦跡を目指す
見晴らしの良い所から合戦場を見下ろす
主郭の解説板前で集合写真
木之本宿 古民家で郷土料理をいただく

10月12日(月・祝)JRハイキング(柴田方・佐久間盛政の砦跡へ)            賤ヶ岳合戦の発端となった行市山を訪ねる

行市山砦は越前と近江の国境に位置する山頂にあるため、賤ヶ岳合戦の砦群では個人での訪問が難しいコースとあって、岡山、愛知、福井や京阪神から戦国歴史ファンの歴女や山城男子30名は期待を胸に木ノ本駅を出発。路線バスを利用して今市停留所で下車。まずは登山口の毛受(めんじゅ)兄弟を祀る霊園に到着する。この兄弟は追い詰められた柴田勝家の身代わりとして殉死した忠臣として語り伝えられる物語があるのです。ここからの登山道には橡谷(とちたに)山砦、中谷山砦と柴田方の砦が続き、途中いったん林道へ出て一見間近に山頂を仰ぎ見るも「まだこれから先は長いですよ」と気を緩めないようガイドが気合を入れる。再び登山道に戻り別所山砦に到着。ここは前田利家、利長親子が布陣したところだが、佐久間隊の進軍に合わせ茂山砦へ転進し、激戦中に柴田方から豊臣方へ寝返る形で戦線離脱したため合戦勝敗の決定打となったことなどに、参加者は利家の複雑な苦悩の決断に思いを巡らせる。しばらく進むと急坂に張られたロープに頼りながらよじ登る難関箇所があって、息を弾ませてここを過ぎると少し緩やかな道となり下界を一望する場所で一息入れる。尚も前進するとようやく山頂へ到着し昼食とする。昼食の後は遠くに広がる琵琶湖に伊吹山、金糞岳、横山岳、霊仙山、小谷山等の山々や、羽柴方の東野山砦、大岩山砦、田上山砦、堂木山砦などの砦跡が一望でき、佐久間盛政の気分で敵陣を見下ろす一行。念願の高所砦跡を制覇して満足感いっぱいの皆さんでした。下山後はバスで木ノ本駅を目指すも、一部に賤ヶ岳戦国ステーションに立ち寄られる方もあって戦国を満喫された一日となりました。

バス停から登山口へ向かう
登山口の毛受の森で 毛受兄弟の物語とルート確認
途中、いったん林道へ出る
林道から別所山砦を目指す
前田利家親子が短期間で構築したとされる別所山砦跡で
毛受兄弟が立て籠ったと伝わる林谷砦跡で激戦を偲ぶ

10月11日(日)JRハイキング(好評 オトチの岩窟秋コース)          石田三成が再起をかけて潜伏した岩窟探訪

秋晴れの下、木ノ本駅に集合された34名の方々の多くが当ガイド協会主催のハイキングファンとあって顔見知りが多く、スタート時点でワイワイと盛り上がる。まず行きの行程は下道を少しあるが、北国街道木之本宿の町並みで歴史を感じ、賤ヶ岳合戦時羽柴秀吉が本陣を置いた名刹浄信寺(木之本地蔵院)を参拝して境内を通らせていただく。抜けた所が「アットリ」の集落と新トンネル。漢字で書くと難読なので近年はカタカナ表記にもされています。古橋の登山口に入っても軽快な足取りにつられて歩くと、後方からは「ペースを落として!」と注文が入る。時間どおりに目的地の岩窟に到着すると、三成公ファンには念願の岩窟とあって感嘆の声が上がる。はやる気持ちを抑えてまずは昼食として一息入れてからいよいよ岩窟探検へ。ここで予想外にも尻込みする方がなく全員が探検を希望。「何かあっても自己責任!」の掛け声の下、次々と出たり入ったり。時間超過は有ったものの願いを叶えた参加者は大満足。帰路は急な坂に注意を払いながら慎重に下る。林道に降りると緊張から解放されたこともあり歩きながらの会話が盛り上がる。もうすぐ紅葉でにぎわう鶏足寺参道を目指すが、一部の方は法華寺跡への希望もあって二手に分かれる。帰路は井明神バス停から路線バスにより木ノ本駅へ戻り解散としました。

地蔵大仏様の足元を通らせていただく
漢字で書けば新擋鳥坂トンネル
軽快に山道へ入る
次から次へと岩窟へ入る
探検を終えて大満足の皆さん
無事林道へ降りる
一部の方は法華寺跡へ

10月10日(土)JRハイキング(秋の風情を現地で楽しむひととき)          栗狩り体験で秋本番を実感しよう

10月に入り秋本番の気配が感じられ始めたものの、昼間はまだまだ暑さが残る中、河毛駅には京阪神方面等から18名の方々が集合。まずは前方に聳える小谷山(小谷城址)、虎御前山を望みながらほぼ刈り取りを終えた田園地帯の中を進む。北陸道のガード下を過ぎると北方に柴田勝家と豊臣兄弟が争った古戦場の賤ヶ岳、行市山、田上山などを遠望。続いて木之本から関ヶ原へ通ずる北国脇往還の郡上(ぐじょう)の集落には江戸時代の風情も残る。小谷城址山麓にある小谷城戦国資料館前広場を横目に城の攻防戦を思い浮かべながら戦国ガイドステーションに到着し昼食とする。大兜前では出陣式の古来儀式の名残である打ち、勝つ、喜ぶの内「勝栗」を得るべく参加者の皆さん気合いを入れ「エイ、エイ、オー」と記念写真。近くの小谷寺に立ち寄ると本堂再建に向けてクラウドファンディングで資金の手当て中とあって、浄財を寄進される方も見られた。このあと河毛駅へ戻り待望の栗園へ向かう。ここはガイドメンバーが栽培する栗園で、待ちかねた皆さんは注意事項を確認後、トング、軍手、収納袋を手に一心不乱に栗拾いに没頭され、袋一杯の栗を手に「今日は栗ご飯に」など満面の笑みを浮かべながら河毛駅に帰着、帰途につかれました。

大兜のモニュメント前で勝鬨を上げる
小谷寺に参拝 本堂再建に向けて工事中
園主からアドバイスも
枝の栗も狙う?
たくさん拾えました

10月10日(土) 賤ヶ岳合戦の最前線・堂木山砦跡を訪ねる

秋晴れの好天に恵まれて余呉駅から足取りも軽く賤ヶ岳戦国ステーションへ。ここで待機の参加者が合流して8名で堂木山砦を目指す。まず見晴らしの良い場所で記念写真。ここからは激戦地となった余呉湖を取り囲む賤ヶ岳、大岩山、岩崎山方面が見渡せ、さらに左方には羽柴秀長が布陣した田上山を望み、最初の攻防戦となった激戦の様子に思いを馳せて感慨深い様子で暫し佇む。一息入れた後は広い砦跡を散策し、ここの守備隊の山路正国が寝返ったことで膠着した戦局が大きく動いたことを解説。今なお明瞭に残る複雑に屈折した土塁、郭(くるわ)など秀吉方の最前線の砦の造りに感嘆の声が上がる。一通りの散策を終えて再び賤ヶ岳戦国ステーションへ帰着し昼食とする。ここで展示の賤ヶ岳合戦の数々の資料を見、また合戦ガイドの話に聞き入ってすっかり合戦の全体像を掴んでいただいた。中にはぜひとも秀吉方の第二線の砦群を訪れたいとの希望の方もあって今後のハイキング予定を確認していただき、皆さん満足感いっぱいに余呉駅に向い解散としました。

足取りも軽くにぎやかに進む
賤ヶ岳戦国ステーションに到着
堂木山砦のビュースポットで記念写真
砦跡の解説にガイドも熱が入る

10月3日(土)JRハイキング(ハイキングと古民家で郷土料理を楽しむ)豊臣兄弟戦いの地田上山砦と郷土料理

北国街道木之本宿の古い町並みや古民家の魅力に着目して、古民家を利用した宿泊や郷土料理を提供する店が開店するなどの取り組みが見られることから、ハイキングの新企画としてとしてコースに取り入れたが、残念、今回は提供先の事情により郷土料理は断念することに。それでも好天の下、関西方面からの参加者13名で、そのほとんどの方が田上山砦訪問は初めてとあって強い期待の下木ノ本駅を出発。先ずは戦国武将山内一豊が名馬を買い求めたと伝わる牛馬市のあった街道と戦国時代創業の山路酒造を見て登山口の意冨布良(おほふら)神社に到着。なかなか読めない神社の名や成り立ちを紹介すると歴史の古さに興味津々で、大きな鳥居越しに参拝して登山開始。途中、神社の元宮の上宮(かんのみや)跡で小休止するとやがて木々が取り払われた見晴らしの良い所へ到着。ここから見下ろす景色は数々の戦国時代の舞台とあって歓声が上がる。ここを過ぎると砦の遺構が目に入り始め、ガイドの解説もついつい熱を帯び、参加の皆さんの城郭マニアの心をくすぐったようで期待度をひしひしと感じる。砦跡では南の姉川合戦場に小谷城の攻防戦、北の賤ヶ岳合戦の砦群が見えるビュースポットを満喫し、保存の良い一級の砦遺構などくまなく散策して下山。宿場町では郷土料理に代えて江戸時代の本陣屋敷を見学。この本陣は賤ヶ岳合戦で戦死した柴田方の武将、拝郷家嘉(通称五左衛門)の子孫が江戸時代に開業されたもので、明治になると漢方薬を中心とした薬局を開業され、古い看板や店の調度のほか日本の薬剤師免許第1号の証もあって歴史を十分堪能していただいて解散としました。

北国街道木之本宿 山路酒造で 
田上山砦への登山口の意冨布良神社に到着
木之本の町並みと山本山方面を見下ろすビュースポット
こちらからは姉川古戦場方面を見る
賤ヶ岳合戦場を見下ろすスポットで記念写真
旧本陣薬局を見学 長い歴史を示す数々の展示品を見る

9月27日(日)JRハイキング(攻める信長・秀吉、どうする長政)              虎御前山と小谷城本丸 

雨予報が外れ曇り空の中、各方面からの29名の参加で河毛駅に集合。今回のハイキングは織田信長と浅井長政の両軍の城を一気に探訪するものです。虎御前山は初めての方が多く出発前に駅待合室の展示「虎御前山砦絵図」を使って概要を説明して虎御前山に向う。中央登山口からは古墳群が続く斜面で、まず堀秀政砦に至る。今回は大河ドラマスペシャルとして尾根の虎御前山城入口にある滝川一益砦から縦走し、信長砦では元亀3年7月下旬、信長の息子信忠が初陣として出陣し築城した所で、その城から見えた景色の話にはドラマの影響か皆さん熱心に聞いていただきました。次に山頂の秀吉の砦跡(224m)を探索して北口へ下山。その後は麓の郡上(ぐじょう)の宿場町を経て小谷城下の清水谷の資料館に到着。資料館前の広場では10月4日に開催される小谷城戦国まつりの準備が進行中とあって、祭りの為にできた城と小谷山山頂・大嶽を背景に記念写真を撮って資料館で昼食とする。午後はいよいよ小谷城本丸までの登山です。追手道を頑張って登っていただき、途中の虎御前山展望所では眼前に迫る信長軍との攻防戦を偲んでいただきました。その後は小谷城本丸から浅井長政自刃の地、赤尾屋敷を参拝し再び資料館へと下山。ところが下山途中から雨となり大変でしたが予定通り河毛駅にゴールイン。盛りだくさんのハイキングとなりましたが、その分参加の皆さんには大変喜んでいただきました。

黄金色の田園道を虎御前山へと進む
中央登山口から入山する
滝川一益の陣営跡で
織田信長の陣営跡で
復元された(?)小谷城をバックに記念写真
午後 コスモスの咲く登山道から小谷城本丸を目指す

JRハイキング(戦国シリーズ 田上山・堂木山) このハイキングは賤ヶ岳合戦エリアハイキングとして毎週交互に実施しているものです。

9月26日(土)(賤ヶ岳合戦の最前線・堂木山砦を訪ねる)豊臣兄弟天下取りへの戦勝地を体感する

不安定な天気予報のうえ、結局雨となったためか参加者は3名と寂しい中にも三重、京都の遠方からのファンとあって何としても期待に応えたいのがガイド魂(?)。まずは賤ヶ岳戦国ステーションで合戦の概要を解説し、訪問先の堂木山砦と守備隊の役割などを知っていただく。時間を稼いで雨の上がるのを待ったが残念、結局雨中を砦跡に進む。参加者の中には地元の方で、しかも登山道の林道建設にも関わられた地主の一人とあって一層ガイドの話にも熱が入る中30分ほどで砦跡に到着。心配していた景色も何とか余呉湖、大岩山砦、賤ヶ岳方面も見渡せほっとしながら戦の流れを詳しく解説。ここは少人数の気楽さで質問もポンポン飛び出し話が弾み、ついつい滞在が長くなる。下山するころはすっかり打ち解け「いつものハイキングより楽しかった」、「こんな雰囲気のハイキングも良い」等感謝の言葉を頂いた。下山後は再び賎ヶ岳戦国ステーションに戻って昼食とし、その後雨の中を余呉駅まで歩き解散としました。

賤ヶ岳戦国ステーション前で 雨でもいざ出陣!
整備された林道が登山道です 雨でも安心
北の柴田方の陣営を見る
南の余呉湖、賤ヶ岳から大岩山砦方面を見る

9月21日(月・祝)(新企画 決断!賤ヶ岳合戦の勝敗の決定打) 前田利家戦線離脱の道のりを探る

近江塩津駅には新企画の人気が予想されるコースとあって東京や京阪神、中京方面などから37名の参加者が集合し期待の高さがうかがわれる。関東方面へそれた台風25号の余波で、風がやや強いものの曇り空でひとまず安堵。旧西浅井町の祝山(ほりやま)まで平坦地の田園地帯を歩いて山道へ。樹間からは北陸本線の余呉トンネル口付近とあって丁度特急しらさぎ号が通過。権現峠越えの道の正式名称は「県道西浅井余呉線」であるものの現在利用者はなく、そのため荒れ放題の有様に加え標高差約300メートルで勾配もかなりあるが、賤ヶ岳合戦時柴田方の前田利家隊が戦線離脱したと伝わる道で、江戸時代には小浜藩の参勤交代や松尾芭蕉も敦賀から近江、美濃へ超えた歴史も残り、参加者の皆さんは歴史を偲んで負けじと健脚ぶりを発揮されて峠に到着。集合写真のあと峠を下って林道に出て昼食とする。ここから前田利家隊が布陣した茂山砦を目指すが、この砦跡は合戦時に1日だけ滞陣したところとあって全く痕跡らしいものが見らないため参加者に事前に手渡した2万5千分の1地図によって地形等を推し測りながら、比較的広く平坦な箇所及び敵方の豊臣方陣地からの距離等を想像しながらの推定箇所であるとのガイドの説明に頷かれていた。続いて樹間から時おり見える余呉湖や賤ヶ岳方の風景を楽しみながら神明山砦跡、堂木山砦跡を通過、合戦当時を忍んで賤ヶ岳戦国ステーションに立ち寄ったあと余呉駅で解散としました。

近江塩津駅で 新企画のコースに期待が高まる
権現峠間近 歴史を感じさせる古木が迎える
権現峠で記念写真 皆さん登り切った満足感で一杯
英気をためて午後からの行程に備える
平坦な林間を行く
ロープに頼る急峻な難所も
途中の神明山砦跡で

JRハイキング(戦国シリーズ 田上山・堂木山)このハイキングは賤ヶ岳合戦エリアハイキングとして毎週交互に実施しているものです。

9月18日(土)(山頂から賤ヶ岳合戦砦群を見渡す) 豊臣兄弟戦いの地、田上山砦と北国街道体感

ようやく9月の長雨が収まり晴れ間が広がる中、8名の参加で木ノ本駅を出発。北国街道では戦国時代の山内一豊が名馬を買い求めたと伝わる牛馬市の馬宿の家並みを見て、登山口の意冨布良神社に到着。入り口の看板で砦の概要をつかんで林道を登る。途中、まず急な階段道は休み休み無理せずに進み、意冨布良神社の元宮という上の宮(かんのみや)で一休み。ここを過ぎると緩やかな山道となって砦の遺構が見えると程なく南廓と主廓至る。広い砦跡を探索して北の自陣と敵陣を見渡す展望所では秀長の気分で戦況に思いを馳せる。北へ回ると鮮やかに残る「曲尺翳り」と表示された入り組んだ土塁跡に注目し、皆さんは盛んにカメラに収められる。北からの侵入に備える砦の仕組みとこれらの土木工事をどのように行ったかなど、いろんな話題に盛り上がる。ゆっくりと見て回る間に涼しい風で汗ばんだ体も軽くなったところで下山。北国街道では戦国時代創業の山路酒造でいろんな酒を試飲してお土産を手にされたり、歴史を感じる店の造りを観察したりして解散としました。なお木ノ本駅には豪華列車「瑞風」が停車中とあって多くの見物の人々でにぎわっていました。

馬出廓で解説するガイド
見どころは沢山
合戦地を見下ろす展望箇所で記念写真
お土産もハイキングの楽しみの一つ