9月 6日(土)郷土の良いとこ再発見 第1回 西野水道の部 9月13日(土)第2回小谷城跡の部

当ガイド協会の企画するハイキング等には、京阪神、中京方面からの参加者が多く、湖北の魅力が高いことの現れですが、一方で意外と地元の方々が地元の魅力を知らない、感じていないのが実情でもあります。そこで地元の方々を対象に「郷土の良いとこ再発見」の企画を立ち上げました。

第1回目の西野水道訪問には6人の参加者があり、これに新人ガイドの研修参加もあって15人で水道トンネル探検に挑みました。この水道を通り抜けるには、ヘルメット、懐中電灯、長靴が必要で、更にもう一つ少しの勇気が必要です。この勇気は大勢で入るのが一番効果的です。さて狭い入口を前に少し怖さを感じながらも進入する。中は手掘りのゴツゴツしたノミ跡が淡い光の中に光沢を放つ。足元は所々に水たまりも。なんといっても気にするのが天井の低さ。腰をかがめてつい背を伸ばすとヘルメットでゴツン。こんな中も大勢でわいわいとにぎやかに過ぎるとすぐに琵琶湖岸の出口へ。ここで思わずバンザイの手を挙げる方も。外は一転して明るい湖岸で、竹生島や対岸の半島を遠望して水位が低下した波打ち際の澄んだ水を見て奥琵琶湖の魅力も再発見。この後一部の方は西野の観音様拝観へも行かれました。

第2回目は小谷城跡探訪です。大河ドラマをきっかけに全国的に有名になった山城ですがここも地元の方々にはぜひ訪れていただきたい場所です。今回は一般参加2名に新人ガイドの研修参加もあって、各城跡では熱心な質問が飛び交い、終始和やかな雰囲気で楽しいひと時となりました。

いざトンネルへ 皆で入れば怖くない!
出ました!思わずバンザイ
通り抜けた満足感に笑顔がいっぱい
奥琵琶湖の景色を楽しむ
小谷城からの景色もうれしい見どころ
本丸跡で 城郭に詳しい人も 新人ガイドも大いに学びました

9月7日(日)JRハイキング(浅井三姉妹の小谷城脱出ルートを探る) 浅井長政の命日登山-月所丸

浅井長政公の命日(9月1日)に合わせた小谷城探訪に、連日の残暑厳しい中にも27名の参加がありました。その内、主に県外から初めての訪問の方々と県内の探訪グループの方々の2組に分かれていただいてご案内することとなりました。河毛駅からの道中はすでに一部の田は刈り取りが済み、秋の気配を感じながら登山口の小谷城戦国資料館に到着。そこから追手道を登り、望笙峠で小休止の後は赤尾屋敷へ。ここは長政公自刃の地と伝わり、石碑に向かって合掌する。今年は天正元年の落城から453回忌にあたります。案内看板には、父久政の弔い合戦として黒金門から討って出たとありますが、最期はどうだったのでしょうか。桜馬場で琵琶湖や城下の景色を楽しんで、長政公・お市の方に思いを馳せながら本丸に到着。大広間で2つの組が合流し昼食とし、本丸で集合写真を撮りました。午後は秀吉軍が攻め入ったとされる京極丸の虎口を見学。次に東尾根の山頂・山王丸の周りの大石垣(野面積み)を見学して六坊へ下る。ここは地元の寺院と連携する為の寺の出張所があった所。次に大嶽へ登らず、「越前忍道」に入り月所丸に到着。ここでは尾根を切った分厚い土塁と二重の堀切が残る城郭跡を堪能し、本日のメインのお市の方と三姉妹の脱出劇を偲びました。地元の伝承では姉妹達はこの裏道を通り、乞食坂から田根村に下り、長政の姉の実宰院へ入ったとされ、激戦の最中の脱出の様子に思いを馳せました。その後は大野木屋敷に残る大石垣を見学して清水谷へ下山し、予定どおり河毛駅に到着、解散となりました。

河毛駅から小谷城への道
浅井長政公自刃の地を伝える石碑
桜の馬場からの景色を楽しむ
本丸前で記念写真
山王丸の大石垣を見学
月所丸を散策しお市の方と三姉妹の脱出劇を偲ぶ

8月24日(日)JRハイキング(最古級の酒蔵、最古級の私立図書館) 古き町木之本 地蔵縁日のにぎわい散策

連日の猛暑にもかかわらず25名の参加で木ノ本駅から出発。この日は江戸時代から続く地蔵縁日とあって街の賑わいが期待される中、まず駅前に建つレトロな建物の江北(こほく)図書館で、明治35年創立以来の私立図書館ならではの苦難の歴史を偲んでもらう。続いてここも歴史ある生糸の楽器糸で知られる丸三橋本工場を前に養蚕と生糸について解説する。次が本日のサブメインの手打ちそばの昼食場所の「木之本塾」へ。スタッフの皆さんに迎えられ、まず16人がそばと稲荷ずしに舌鼓。残りの方はその間に創業480年余りの造り酒屋で、日本で屈指の古い歴史があると言われる山路酒造へ。ここは安土桃山時代から旅人に人気があったという「桑酒」で知られ、島崎藤村も愛飲した手紙があります。ここでは各種のお酒の試飲ができるのもうれしいところ。買い物を済ませると先組と入れ替わりそば昼食へ。「美味しい!プロに負けない味」とそば通の方の言葉にスタッフ一同ニッコリ。全員揃って次は式内社の意冨布良(おおふら)神社へ。ご祭神ゆかりの羽衣伝説を解説してここから人混みを避けて裏道から木之本地蔵院の浄信寺の裏門から境内へ入る。暑さもあって境内は意外と人混みがなく記念写真とする。十分休息を取ってソフトクリームで元気付ける方も。露店で賑わう門前へ出、本陣薬局の前で木之本宿の歴史について解説する。続いて街中の交流施設の交遊館では街の今昔の写真展を開催中とあって休憩を兼ねて過ごし、ここでガイドを終了、解散して、あとは自由行動で名物サラダパンのお土産など縁日を楽しんだり、地蔵院の戒壇巡り、江北図書館の見学など思い思いに過ごしていただきました。

山路酒造前 ここから縁日の歩行者道路
江北図書館前で
地蔵大仏の境内にも露店
露店で賑わう地蔵坂
木之本塾 学習塾ではありません
木之本地蔵院で記念写真 暑い中お疲れ様でした

8月17日(日)JRハイキング(秀吉軍に対峙した壮大な遺構を体感しよう) 賤ヶ岳合戦、柴田勝家の本陣を行く

県内外からの参加者22名が木ノ本駅に集合。連日の猛暑日とは言え、今朝は今にも降り出しそうな空模様の中、路線バスで柳ヶ瀬に到着するとやがていつもの日差しが降り注ぐ天気に。つかの間の朝曇りでした。そんな中にも道中の木陰道は歩きやすく、予定より早く倉坂峠に到着し、ここで十分な休息を取る。「玄蕃尾城へ向かっていざ出陣!」、と元気づけにガイドが声掛けして急坂を上るといよいよ玄蕃尾城に到着。入口の説明版は新たに作り直されて色合いも鮮やかに。ここで城跡の全体像をつかんで、いよいよ虎口から入る。ここの標柱には「虎口廓 攻撃用大手廓(出撃拠点)」とあるが、実はこの砦では合戦にはならず、従って秀吉軍の侵攻体験でもなく穏やかな入城といったところ。戦にならなかった分、遺構がよく残り、高い土塁に深い空堀など手入れの行き届いた城内を隈なく散策し、城郭ファンにとってはうれしいひと時を過ごし、思い思いに木陰で昼食とする。少し名残惜しい気持ちのまま倉坂峠に降りて忘れかけていた集合写真を撮る。ここからの下山道の足取りは軽やかで、バス停には時間に余裕をもって到着。「参加してよかった」、「城の成り立ちに関心が深まった」、「また来たい」などなどガイドにはうれしい言葉をいただきました。

道中は木陰で元気に歩く
柳ヶ瀬の集落を行く
新調された入口の解説版
虎口の標柱を見て入城 ワクワク感を抑えて
高い土塁や深い空堀などの遺構を確認
広い主郭跡で戦国を偲ぶ
倉坂峠で記念写真

8月16日(土)トピックス 郷土の良いとこ再発見!のお知らせ

当ガイド協会が企画していますハイキングなどには、京阪神、中京方面など主に遠方からの参加者が多く、湖北地域の注目度、人気が大変高いものがあります。その反面地元の方々の参加が少ないことから、地元の良さ、歴史などの再発見をしていただきたいと考え、このたび下記の4か所を選んでご案内する企画を実施することといたしました。知っているようで知らないのが地元情報です。この機会に郷土の良いとこをぜひ再発見していただきますようご案内いたします。

7月27日(日)JRハイキング(小谷山周辺を楽しむ) 低山でも小谷城下を一望

連日の猛暑で参加状況が心配されましたが、県外からの参加者を主に18名で河毛駅を出発。まず道中の小谷城落城前年に信長が築いた虎御前山城を見て攻防戦を偲んだ後、小谷城ゆかりの小谷寺へ。ここでは江戸時代初期の作とされる梵鐘をついて参拝。次に鉄兜モニュメントのある広場から城域に入り、まず出丸砦に登る。林道に所々に立つ幟旗に案内されてさらに歩を進めると望笙(ぼうしょう)峠に到着。笙とは竹生の合字で、まさにここからは竹生島や姉川合戦場、虎御前山に小谷城下が一望できるようによく整備され、澄み切った空の下暫し休憩して景色を楽しむ。竹生島の国宝唐門は秀吉の大坂城の遺構であり、豊臣秀頼とその母淀殿の話題に花が咲く。その後、登山道を下山し冷房の効いた三代の里で昼食をとりました。午後は浅井氏の城である中島城へと向かう道中が猛暑で大変ではありましたが、北方の田上山が良く見え、ここは小谷城攻めの朝倉軍の本陣であり、賤ヶ岳合戦での羽柴秀長の本陣でもありました。また、行市山や賤ヶ岳も良く展望でき、賤ヶ岳合戦の様子までしっかり確認していただきました。中島城には戦国時代の遺構がよく残り、城郭ファンには楽しみの所ですが、今回は猛暑もあって早めに見学を切り上げました。しかし予定どおり無事に河毛駅にゴールインできたことで、猛暑の中、「ホット」しましたとは随行のガイドの弁でした。

虎御前山を望む道中
小谷寺の梵鐘 ひとつ衝かせてもらいました
出丸砦へ登る
峠への林道 幟旗が案内する日陰道
望笙峠で記念写真 その名のとおり竹生島方面を一望します
中島城入口で 猛暑がピークで見学は早めに切り上げ

7月10日(木)JRハイキング赤後寺千日会    転利(コロリ)観音法要 北近江の戦火をくぐり抜けた観音の里めぐり

連日の猛暑でのハイキングとなれば参加者が心配されましたが19名の方々に木ノ本駅に集まって頂きました。今回のハイキングのメインは高月町唐川の赤後寺(しゃくごじ)千日会法要にお参りするものですが、途中には黒田官兵衛ゆかりの黒田家御廟所があって、賤ヶ岳合戦や来年の大河ドラマ「豊臣兄弟!」など戦国時代の話題に花が咲き、次に訪れたのが安念寺の観音様。ここの仏様は「いも観音」とも称され、お堂では地元の世話方にそのいわれなどを伺いました。ここから赤後寺への道が炎天下でなかなか厳しい中となりましたが無事に到着。境内にはたくさんののぼり旗や地元の方々など大勢の参拝者で賑わいを見せる中、千日会の雰囲気に包まれて観音様の参拝をさせていただきました。境内に設けられた休憩所のテントの中では冷たいお茶をいただきながらの昼食で、ここで十分な休憩を取って唐川の集落を後にしました。次に訪れたのが千田の「石作神社」。式内社として古い歴史を誇り、玉作神社をも合祀し「石作・玉作神社」とも称されます。いずれも古代の生産集団ゆかりの神社とされています。ここから木之本へ戻り、北国街道の宿場町を散策しながら最終目的地の木之本地蔵院に到着し、解散としました。参加者には海外から県内に移住された女性で、奥びわのハイキングファンの方がおられ、今回も楽しいハイキングでしたとの感想をいただきました。

黒田家御廟所 黒田官兵衛の祖先がここから移転したと伝わります
安念寺で世話方のお話を聞く 痛々しいお姿にも謂れと歴史があります
赤後寺で記念写真 境内には日吉神社も祀られ神仏習合の歴史を残します
お堂では厳かに千日会の法要が営まれました
テントの休憩所で昼食と休憩を取らせていただく
石作神社 よく整備された広い境内です
木之本地蔵(浄信寺)に参拝し解散

7月12日(土)JRハイキング(さようなら紫式部 このシリーズ最終回) 紫式部が通った深坂古道を往く

昨年の大河ドラマで人気の深坂古道コースも今回が最後と銘打ってのハイキングに京阪神方面からの参加が多く17名が新疋田駅に集合。ここは古代の関「愛発(あらち)の関」が置かれた所と伝わり、駅には「愛の出発駅」の看板が出迎え、ここでまず記念写真とする。この駅の近辺はトンネル、カーブがあって撮り鉄族の人気スポットとしても知られています。ここからまず疋田の集落に残る運河計画の資料館と舟川を見学し、偶然にも地元の方の説明が聞ける幸運に恵まれる。次に戦国時代の疋壇城跡へ登る。ここには元小学校の廃校後の広い運動場跡があり、ここにも撮り鉄の姿が。一旦駅へ戻り少し早い昼食とする。午後はいよいよ深坂古道に入る。道沿いの沢には連日の猛暑、晴天にもかかわらず冷たい清水が流れ、木漏れ日に吹く風と共に清涼感が漂う中を進むと、紫式部の歌碑に出会う。ここでドラマでは描かれなかった越前国府への道中の様子などについて思いを巡らせてもらう。少し進むと今度は万葉歌人「笠(朝臣)金村」の歌碑が立つ。この人物については、国司として越国に向かったとする説と、天智天皇の皇子志紀親王に従った製鉄に関わる氏族であったとする説を紹介する。ここまで小休止を挟みながら心配された猛暑の影響もなく、全員元気に深坂峠を越えるとすぐに深坂地蔵堂に到着。ここで地蔵様の由来と十分な休憩を取って、石垣の残る問屋跡を見ると間もなく国道8号線に出る。峠のバス停にあるのが元峠茶屋の西村家。ここでは16代目のご当主の案内で庭園を見学させていただき、ここから路線バスで近江塩津駅へ向かい解散となりました。

北陸線新疋田駅 愛に包まれた駅舎です!
疋田宿の船川と運河計画の資料館前
疋壇城跡 石垣などの遺構が見られます
古道の沢道を行く
深坂古道入口
紫式部歌碑 「知りぬらむ 行き来にならす塩津山・・・」
笠金村の歌碑 紫式部より200年以上前の奈良時代の人です
滋賀福井県境の峠にある西村家庭園 現ご当主に案内していただきました

7月5日(土)JRハイキング(R8大河ドラマの舞台と周辺の見所を訪ねる)        秀長・一豊・官兵衛ゆかりの地を巡る

来年の大河ドラマ「豊臣兄弟!」の放映に向けて、今年度から長浜市長を先頭に盛大な取り組みが計画されています。私達ガイド協会も主人公秀長の田上山砦を組入れたハイキングなどを計画し、盛り上げに取り組んでいます。今回のハイキングはまだ知名度が低いのか、或いは猛暑続きで敬遠されたのか事前申し込みは低調でしたが、それでも和歌山、浜松からの遠方参加者もあって10人の参加で木ノ本駅を出発。まず黒田官兵衛の祖先の墓所、黒田家御廟所を訪問。ここは大河ドラマ「軍師官兵衛」の放映時には大変な賑わいがあった所で、ここの東向かいの山が田上山砦跡とあって、戦国ファンにとってはワクワク感が高まります。ここから北国街道木之本宿ルートへ戻るとまたしても戦国武将山内一豊があの名馬を買い求めた所と伝わる牛馬市跡を通り、田上山砦登山口の意冨布良神社へ。ここで休憩を兼ねて昼食とする。ここでは「奥びわのハイキングは親切で説明が楽しい」、「それでまた参加した」という嬉しい言葉もあって、少人数ならでは和やかな雰囲気で登山開始。砦跡は樹木の伐採が進行中で、やがて合戦当時の眺望が楽しめることとなりそうです。下山後は木之本宿を散策し、老舗の造り酒屋では楽しい会話と試飲してのお買い物、地蔵院、本陣屋敷などを散策して解散となりました。一部の方はその後も木之本宿を散策されるなど湖北のファンがまた増えた嬉しい一日となりました。

砦跡への登山口の意冨布良(おおふら)神社東屋で昼食
砦跡まではややきつい階段道もありますが難なく到着
砦跡で記念写真 測量図を見て広い砦跡を隈なく散策しました
老舗の山路酒造で 女将さんとの楽しい会話と嬉しい試飲でお土産も

6月29日(日)JRハイキング(絶景の賤ヶ岳 糸引き唄鑑賞) 決戦!賤ヶ岳と絹糸の里探訪

思いがけない早い梅雨明けで、雨の心配がなくなったとは言え今度は猛暑が影響したか、3名のキャンセルがあったものの23名の参加で木ノ本駅を元気に出発。道中の田園地帯では米作りの農業事情や余呉川の防災工事などの話題を取り混ぜて、最初の目的地の大音集落の糸取り工房に到着。糸取りとは蚕の繭から絹糸を取り出す伝統技術で、ここで行われる作業を特別に見学できる貴重な体験とあって皆さん興味津々に覗き込み、もっと深く知りたいという気持ちを残して次の賤ヶ岳リフト乗り場へ向かう。山頂では雄大な景色を見下ろして思い思いの場所で昼食タイムとする。ここでのガイドは賤ヶ岳合戦の戦況推移が主となるものの、余呉湖の羽衣伝説や古保利古墳群など古代史の話題にも花が咲き、邪馬台国伝説もあると言う話になると、これにはさすがに「ここにもかっ!?」という反応も仕方のない事。リフトで下山して集落の式内社伊香具神社に参拝する。ここの鳥居は三輪式鳥居と厳島式鳥居がミックスされた特異な形をしているのが特徴で、古代のある時期まで神社の前は湖水で、そのため水の神と山の神が祭られている由緒などを説明する。暑さが心配になり帰路は黒田家御廟所に寄る予定を省略して木之本塾へ向かう。ここは町おこしの拠点でちょうど養蚕にまつわる「糸引き唄」を継承されているグループの唄と演奏を楽しんで頂き、糸取りの現場の情景と思いを重ねる体験に大きな拍手でハイキングを終えることができました。

足取りも軽く大音集落へ向かう 正面が賤ヶ岳
糸取り工房を見学
鮮やかな手さばきに見惚れる 
繭の浮かぶ鍋はかなりの熱湯です
山頂からの雄大な景色は琵琶湖八景の「賤ヶ岳の大観」と称される

山頂で記念写真 
伊香具神社 この鳥居の形が特異です
ハイキングの締めは「糸引き唄」 糸取り現場の情景が重なります