8月25日(日)JRハイキング(地蔵縁日でにぎわう木之本宿をゆったりと)         古い町木之本探訪

小学生1人を含む37人の参加者が木ノ本駅に集合。地蔵縁日も本日が最終日で、夜にはフィナーレを飾る大花火大会も。多くの露店で賑わう街中へのワクワク感を少し我慢して頂いて宿場町の歴史などの案内へ。まず駅前の昭和初期のレトロな雰囲気が残る江北図書館の外観を見て、建物内部の書棚なども見学し懐かしい本を発見して感慨に浸る方も。次に街中へ出、賤ヶ岳、牛馬市の解説を聞いていただく。牛馬市は戦国武将の山内一豊が良馬を買い求めたこと、この資金が妻千代のへそくりであったこと、それにより信長の覚えが良くなり出世に繋がったエピソードなどを披歴する。木之本宿巡りの入口は古い歴史の山路酒造で、ガイドの祖母はここの名酒「桑酒」を愛飲して健康に天寿を全うした話も。ここから坂道を登り意冨布良(おおふら)神社に到着。ここのご祭神の一座は梨津臣命で余呉湖羽衣伝説と藤原氏のルーツにも関係するガイド得意の話を熱く語るが、一部には首をかしげる人も。いよいよ縁日で賑わう地蔵院へ到着するも、猛暑で日中を避けているらしく意外にも人出は少なめで、本堂にお参りして地蔵尊の由来や奉納蛙の話を聞いていただき、旧本陣薬局、富田酒造や街並み見学の予定が、道端は露店で一杯のため避暑を兼ねて木之本交遊館で小休止。最後は地蔵坂から轡の森で羽柴秀吉ゆかりの伝説など説明しきれなかった話をふんだんにして13時に解散。ここから自由行動で、縁日の散策と買い物を楽しむ方や昼食会場の木之本塾へ向かう人も。塾とは言うものの勉強ではなく手打ちそばなのですが、これが好評で塾スタッフもにっこりのハイキングとなりました。

江北図書館 設立以来民間の力で運営されてきました
意冨布良神社で 木之本の町民の厚い信仰と財力が感じられます
大縁日で賑わう浄信寺で シンボルの地蔵大仏の足元には眼病平癒を祈る身代わり蛙が奉納されています
轡(くつわ)の森 路地裏ですが地蔵坂の賑わいがウソのような雰囲気です
昼食会場の木之本塾 手打ちそばが好評でスタッフの手さばきにも力が

8月17日(土)JRハイキング(賤ケ岳合戦柴田勝家渾身をこめた地)山城の傑作、玄蕃尾城跡を訪ねて

台風7号のもたらす北風のため天気予報は芳しくないものの、人気のコースとあって京阪神、県南部等から26名の参加があり、木ノ本駅から路線バスで柳ケ瀬バス停に到着。ここからの道は一部に急斜面があるものの旧街道のため概ね緩やかで、朽ちた電柱も見られ往時が偲ばれます。期待に反し風が弱く蒸し暑い中を小休止を挟みながら倉坂峠に近づくと心地よい風も吹き抜けました。ここから急坂を登り切り城跡に到ると、まず虎口で防御の構えを体感し、そこから深い空堀、土塁、土橋跡など戦国築城の粋と言われる全体像を見て回る。この城跡は続100名城の中でも特に行きにくい立地のため、ぜひともここへ来たかった、来てよかったとの感想も。主郭、櫓台跡で昼食後は敦賀市側登山口へ一旦降りて続100名城スタンプとパンフレットを頂き、この頃一時的なミストシャワー並みの雨で気温も27度程度に低下する中、来た道を柳ケ瀬集落に下山。ここにはアメダスも置かれ、江戸時代の関所門と明治天皇行在所、旧北陸線駅跡などもあり、かつての賑わい跡を見学して予定通り路線バスで余呉駅へ帰着、解散となりました。

登山道は明治天皇も通られた道です
柳ケ瀬から登山道への解説板
玄蕃尾城跡入口の解説板
主郭、櫓跡で記念写真 城跡はきれいに整備され安心して見学できます
柳ケ瀬集落に残る関所門と明治天皇行在所の碑

8月11日(日・祝)奥びわ湖ハイキング(山の日記念事業) 史蹟西野水道と古墳群から有漏神社を目指す

連日の猛暑の中にも11名の参加がありました。集合場所の西野水道史跡公園では江戸時代の難工事を学び、新トンネルで一旦琵琶湖岸へ出て排水路の役割を確認。古保利古墳群へは日陰の林道を選び、峠の八ツ岩支群と呼ばれる終末期の横穴式古墳群を観察。続いて古墳時代初期の前方後円墳である深谷古墳が素人目にもよくわかる形状を残し、しかも琵琶湖側からしか見えない立地もこの古墳群の特徴をよく確認できます。ここから目指すのが阿曾津千軒跡地。ここは琵琶湖周辺に伝わる水没集落の伝承地の一つで、地蔵堂も祀られかつての様子を偲んでいただく。ここから湖岸に出ると奥琵琶湖の景色に歓声が上がりました。青い湖面から打ち寄せる波と澄んだ水、心地よい風に遠くの湖面を走る帆柱の群れ。この湖岸を赤く彩るのがゴマの木の群生。花に詳しい女性からの助言とこの実を試食してみる猛者もあって賑やかな休憩となりました。ここから峠道を越えて到着するのが最終目的地の有漏神社です。山梨子集落の神社でありながら正式な参道はなく、かつては船で参拝したとも言われますが、今では集落の公民館に分霊を祀られています。秘境の神社として注目されていますが、境内や社殿はきれいに整備され大切に祀られていることが分かります。ここの湖岸で昼食の後、同じコースで集合場所に帰着しました。

奥の口が江戸時代の水道出口
昭和のトンネルで琵琶湖岸へ
西野水道入口 ここへ入るにはヘルメット、懐中電灯に長靴が必要。人によっては勇気も必要です。
深谷古墳 前方後円墳の形が良く確認できます
阿曾津千軒跡地 奥には地蔵堂も祀られています
奥びわ湖の景色に歓声 ここで暫しの休憩
湖岸を彩る赤い実の木
有漏神社への峠道から竹生島方面を見る
有漏神社 湖岸の鳥居前で記念写真

7月28日(日)JRハイキング 元亀争乱と一向宗を考える 五村別院と虎御前山縦走

晴天、猛暑の中にも虎姫駅には19名もの方々に集合していただきました。スタートは教如上人ゆかりの五村別院参拝です。御堂の中では長浜市内にはなぜ東本願寺派のお寺が多いのか、織田信長と本願寺の戦いなど「元亀争乱と一向宗」についてお話をさせていただきました。次に玉泉寺に向かいました。この寺は「比叡山の中興の祖」といわれる良源(元三大師)の生誕地に建てられた天台宗の寺院で、「厄除け・魔除けのお大師さん」としても知られ、皆さん熱心にお参りされていました。また京都の廬山寺(ろざんじ)は、元三大師創建の寺で現在の場所は紫式部の邸宅跡であったとされ、良源と紫式部は同時期に生きた人でした。ここからの道中には虎御前山と小谷山の両方が見え、小谷城攻防戦の現場を確認して、虎姫時遊館というコミュニティー施設に到着。当館のご厚意により涼しい中で昼食をとらせていただき、展示中の能面見学や「虎御前山古砦図(写)」で虎御前山の砦群の説明も聞いていただくことができました。午後は虎御前山の縦走です。絵図に出てくる8名の武将(多賀貞能、蜂屋頼隆、丹羽長秀、滝川一益、堀秀政、織田信長、木下秀吉、柴田勝家)の砦跡を順に巡りました。木が茂るこの季節はなかなか小谷山が見えませんが、竹生島、山本山、横山、伊吹山などを見ながら元亀争乱に思いを馳せ、予定通り15時には河毛駅に到着。駅前の長政公・お市様の像の前で小谷山を背景に記念撮影して無事解散となりました。

五村別院 教如上人像前で記念写真
玉泉寺 元三(がんざん)大師生誕の地
道中で小谷山方面を遠望する
虎御前山砦跡で 日陰で一息いれる
涼しい虎姫時遊館で 絵図面を解説 
河毛駅前で記念写真 長政公とお市様の仲睦まじい夫婦像の前で 後方が小谷山

7月7日(日)JRハイキング (大河ドラマの関連地) 紫式部が通った深坂古道を往く

雨、熱中症が心配される天候にもかかわらず39名もの参加があり、関心の高い大河ドラマゆかりの古道ハイキングとなりました。今回は敦賀市側の新疋田駅から出発して、疋田集落に残る舟川の水路を見学する。この川は敦賀港から琵琶湖への運送路の内、川船を利用した江戸時代の一種の運河でした。次に越前朝倉氏の出城であった疋壇城跡へ。ここは織田信長の攻撃により落城しましたが、石垣、土塁、巨石が多数残っています。その後一旦新疋田駅に戻りここで昼食を済ませていよいよ深坂古道へ。谷川沿いの緑濃い道を進むと、やがて紫式部の歌碑に出会う。長徳2年(996)、父、藤原為時が越前の国司として赴任する際に同行してここを越えた時のものです。続いて万葉歌人の笠金村の歌碑もあって、この辺りは古代の関所「愛発(あらち)の関」のあった所とも言われる交通の要所でした。やがて深坂峠を越えると通称「堀止め地蔵」と呼ばれる地蔵堂に至る。ここはいくつかある敦賀~塩津運河計画のうち平清盛が計画した工事で大岩に突き当たって掘削を断念したという、その岩が地蔵様の由来として祀られています。そこから問屋跡などを見ながら古道から外れて現在の国道8号線の近江鶴ケ丘バス停へ出る。この近くのかつての「孫兵衛茶屋」(2023年11月に閉店)の西村家のご主人により庭園なども見学させていただく幸運に恵まれ、バスで近江塩津駅へ到着、解散となりましたが、参加の皆さんから「すばらしいハイキングでした」とのうれしい感想をいただきました。

疋壇(ひきだ)城跡を散策
疋田集落に復元された舟川を見学
古道への入口 強い日差しになってきました
沢道は緑の木陰
紫式部の歌碑 なかなかの上から目線の歌(?)
堀止め地蔵堂の木陰で一息いれる 
ここは山中ですがきれいに整備された霊地の雰囲気がいっぱいです 
旧孫兵衛茶屋 最近まで峠の茶屋として営業されていました
茶屋の庭園を見学できる幸運に恵まれました

7月6日(土)JRハイキング 湖北観音巡礼シリーズ第22弾 観音霊場を訪ねるテクテク旅

梅雨時の天気予報で連日の雨一色だったため参加者は6名に激減したものの、朝の一時的な雨の後は予報外れの幸運に。まず永原駅で軽く準備体操をして、最初の訪問先の曹洞宗普門山徳圓寺では門徒さん総出による草刈り作業中にも関わらずご住職が手を止めて説明してくださる。本来33年に1度しか開帳しないところ特別に拝観させて頂き感激に浸る。次の真宗善隆寺和蔵堂では収蔵庫に安置される重要文化財の十一面観音様を拝観の後、本堂の仏前で昼食をとらせて頂く。午後は一転して日差しが強くなり少々疲れ気味でも十一面腹帯観音堂に到着。涼しいお堂に冷たいお茶の接待までして頂き感謝感激。観音様の数奇な来歴など世話役さんのお話に耳を傾ける。巡礼を終えて最後は北淡海・丸子船の館を見学。ここはかつて栄えた琵琶湖の船運の歴史を物語る丸子船の実物が展示され、湖上交通の歴史について説明を受けた。ここでのサプライズは隣に最近オープンしたばかりの古民家カフェのご主人との会話が弾み名残り惜しくなったが、予定時刻も迫り永原駅を目指す。暑い道中だったものの地元の世話方の皆さんの温かいおもてなしに感動のテクテク旅となりました。

永原駅前でまず準備体操
徳圓寺で 心静かに拝観する
善隆寺で 仏頭などを間近に拝観できるのがありがたい
十一面腹帯観音様 腹帯を奉納して安産を祈願します
腹帯観音様の解説を伺う 世話役さんのおもてなしに感謝
巡礼に参加の皆さんとガイド

6月20日(木)トピックス 淡海観光ボランティアガイド連絡協議会  令和6年度交流研修会が行われました

滋賀県下の全観光ボランティアガイド協会が一堂に会して交流と研修を行う集いが、湖東ブロックのガイド協会の主催のもとに開催されました。会場の豊郷町文化ホールに400名近くの会員が集合し、協会長挨拶、地元彦根市長、豊郷町長の祝辞、記念講演には米原市柏原宿歴史館館長の谷口徹氏の「江戸時代の近江の街道」を聴講しました。総会の後は、愛荘町、豊郷町、甲良町、多賀町、彦根市の5ゾーンを各2班、10のグループに分かれて現地研修に繰り出しました。私たちのガイド協会は甲良町コースを選択しました。このコースは、①戦国武将藤堂高虎公園、②足利尊氏のもとで活躍し「バサラ大名」の異名で知られる佐々木道誉公ゆかりの勝楽寺、③江戸時代の宮大工集団「甲良大工」の始祖甲良豊後守宗廣の記念館を訪れ、④道の駅「せせらぎの里こうら」で楽しい昼食というメンバーで吟味を重ねて選んだコースです。と言うのも、このコースは戦国好きのメンバーにとって、戦国武将伝、浅井長政ゆかりの家系、数々の名建築を残した技術者集団などワクワクするテーマだらけだったからです。地元担当ガイドさんの適切なガイドもあって、各訪問ポイントではつぶさに勉強することができました。全行程を終えて、もう一度立ち寄った道の駅ではソフトクリームに舌鼓を打つなどして帰路につきました。担当ガイド協会の方々の周到な準備と運営に感謝するとともに、来年度の当番を控える湖北ブロックとしての責任を再認識した次第でした。

研修会の資料入り封筒
会場受付 担当ガイド協会の皆さんに感謝
文化ホールの緞帳は江州音頭発祥の地を謳っています
記念館で地元ガイドさんの解説を聞く
甲良豊後守宗廣公記念館
バサラ大名佐々木道誉公菩提寺の勝楽寺山門前で記念写真
藤堂高虎公園 後方が高虎公の銅像

6月15日(土)JRハイキング (山道と湖畔景観を楽しむ) 賤ヶ岳~余呉湖の花道(アジサイ)を辿る

天気予報から雨マークが消え、強い日差しが降り注ぐ中にも強めの南風も心地よいハイキング日和となり、高月駅を32名の参加者で出発。道中は刈取りを終えた麦畑と田植えが済み青さを増す風景の田園地帯を歩いて、西野水道史蹟公園に到着。ここは江戸時代末期に手掘りで排水トンネルを掘って洪水を防いだという大土木遺産で先人の苦労が偲ばれます。ここから尾根道に至る坂は重い米俵を背負って琵琶湖岸の港まで人々が往来した苦難の道でもありました。尾根道は古保利古墳群という国内でも屈指の規模の古墳の集中地で、そこかしこのマウンドの連なりに古代に想いが至る。途中見晴らしの良い場所でランチタイムで休憩する。古墳群最北端にあるのが古墳群最大で最後の前方後円墳の西野山古墳。この辺りは標高320メートルでこれに続くのが丸山の360メートルのピーク。ここを越えると一旦鞍部に下がり、最後に421メートルの賤ヶ岳山頂に登る。山頂からは奥琵琶湖の絶景を楽しみ、踏破した尾根道も眼下に見下ろし達成感も味わう。山頂では休息と定点ガイドの賤ヶ岳合戦の話に耳を傾け、今度は急坂を余呉湖畔に降りる。湖畔のアジサイ園は丁度見ごろを迎え、一般の散策者も多く賑わう中を抜けて予定通り余呉駅に到着、解散となりました。この行程は平地、尾根道とやや長めのコースですが、参加者の多くを占める女性達も健脚を誇り、満足して頂いたハイキングとなりました。

西野水道史蹟公園 山道を前にここで一息入れる
尾根道にある古保利古墳群解説板で全体像を学ぶ
もう少しで賤ヶ岳です あとひと踏ん張り
展望所で 奥琵琶湖の景観に歓声が上がる
賤ヶ岳山頂で記念写真 満足感で笑顔がいっぱい
余呉湖畔のアジサイ園も見ごろを迎えています

6月12日(水)木之本中学校の校外学習のお手伝いをしました

木之本中学校の恒例行事の校外学習が行われ、6名のガイドでお手伝いをしました。「郷土の良さを知り、郷土を大切にする心を養う」、「集団の一員としての自覚と行動を高める」を目標に、地元の街中を歩いて歴史や産業などをつぶさに見学するというものです。私達ガイドの役割は、江戸時代の北国街道木之本宿などの歴史、養蚕、糸取り、醸造業の繁栄など過去から現在への地元の様子を体感してもらうことです。きのもと交遊館では48名の1年生の生徒さんと付添いの先生方が6つの班に分かれて出発式を行い、班ごとに分かれて街中へ繰り出しました。この街には醤油醸造元が3軒、造り酒屋が2軒あり、いずれも古い歴史があります。宿場町とあって大名が宿泊した本陣や庄屋など江戸時代の建物の見学、古い町並み保存の民家の造り、寺院、神社、養蚕業にまつわる生糸工場などの見どころは盛り沢山で、生徒さんは果たしてどの程度理解されたか不安でしたが、強い日差しの中での道中も一生懸命聞くという学習態度は立派でした。木ノ本駅前の江北図書館では隣接の新設されたカフェ、リブプラス(Lib+)さんのご厚意により硬水、軟水、水道水の違いの勉強と言う思いがけない体験と休憩ができたことが何よりでした。出発前と後では生徒さんの街への思いが少し変化したようで、どのようなレポートが作成されるか陰ながら気になるところです。

きのもと交遊館で出発式
江北図書館の歴史を学ぶ
古い歴史の江北図書館と新しいカフェ
カフェ リブプラスさんで水の勉強と休憩をさせていただきました

6月9日(日)JRハイキング(信長亡き後、柴田勝家派と羽柴秀吉派が激突) 信長後継者争い賤ヶ岳合戦と糸取り見学

雨雲レーダーには雲の切れ目があるもののあいにくの雨予報で、風も強いためリフトでの賤ヶ岳登頂を諦める。糸取り工房も肝心の繭の生育が遅れこちらも見学できず。本日のメインテーマがなくなるという異常事態にも拘わらず11人の参加がありました。それでも予定の賤ヶ岳山麓の大音集落の伊香具神社に参拝。ここの異色の鳥居の説明や羽衣伝説、ご祭神の由来などについて聞いていただく。そのご祭神の祖神を祀るのが近くの一宮神社で、二宮神社にあたる神社が近くの集落にあり、この集落にはその縁で二宮姓が多く、本日のガイドもその二宮であることから話が大いに盛り上がる。田植えが済んだ田園地帯を歩き、農業事情なども話題に黒田家御廟所に到着。黒田家のルーツ話に官兵衛ファンの人も福岡県がルーツでなかったことにびっくりされていた。木ノ本駅に帰着し、駅前の江北図書館に併設されたカフェ(Lib)で昼食タイム。ここはパン屋さんの運営とあって、色々なパンを注文してお土産にも買われ楽しく過ごす。最後はきのもと交遊館で宿場町などを解説し早めの解散。メインのコースが行けなかったことをお詫びしたが、「楽しかった」の一言に救われました。解散後皆さんは伝統の醤油を買ったり、浄信寺の戒壇巡りを体験されるなど思い思いに過ごされ帰路につかれました。

江北図書館前で記念写真
賑やかに昼食タイム
リブプラス 絵本から出てきたキャラクター達も
カフェ リブプラス 図書館に併設とあって絵本の表紙なども