9月6日(日)JRハイキング(浅井三姉妹の小谷城脱出ルートを探る)  浅井長政の命日登山-月所丸

台風の影響で天候が定まらないため少しキャンセルされた方があったものの、人気コースとあって18名の方に参加していただきました。そのうち約半数が県外の方で、初めての方も半数おられ、また参加者の多くが元気な女性でにぎやかな楽しいハイキングとなりました。まず河毛駅から刈取りの終わった田園地帯から小谷山・虎御前山を眺めながら大河ドラマの話題もあって賤ヶ岳や田上山にも話題が弾み、目指す小谷城跡に向かいました。城跡ではまず大手道から上り望笙峠で小休止のあと番所跡に到着。大看板の前では待ち受けガイドの話に耳を傾けて城跡の全体像を確認。続いて浅井長政公自刃の地とされる赤尾屋敷跡では今年が454回忌となり命日の9月1日に因み長政公を偲んでいただく。大広間で昼食とし集合写真を済ませて月所丸に向かう。途中美しくなった山王丸の大石垣を見て「越前山続忍道」の狭い道を通り月所丸に到着。ここの見所は尾根を切った分厚い土塁と二重の堀切です。皆さんには土塁の上から堀切を眺めていただき大いに満足していただきました。地元の説では落城時にお市と三姉妹はこの付近の裏道を通り脱出したとの伝承が残り、ここでも落城時の緊迫した様子に思いを馳せていただきました。その後は大野木屋敷の大石垣を見学して資料館へ到着。資料館の見学もして予定どおり河毛駅にゴールイン、解散としました。

道中から賤ヶ岳合戦関係地を見る
番所跡で待ち受けガイドも加わりにぎやかに話が弾む
長政公自刃の地で激戦を偲び参拝する
歴女、砦ガールの面々の後ろに控える男性陣 心なしか遠慮気味?
月所丸跡をくまなく散策する皆さん

JRハイキング(戦国シリーズ 田上山・堂木山) このハイキングは賤ヶ岳合戦エリアハイキングとして毎週交互に実施しているものです。

9月5日(土)(山頂から賤ヶ岳合戦砦群を見渡す) 豊臣兄弟戦いの地、田上山砦と北国街道体感

9月に入り雨続きの中ポッカリ空いた貴重な晴天に恵まれる。今回の参加者は2名とさみしい雰囲気もある中、そのうち1名の方はこのシリーズ4回目参加と熱烈なファンとあって気を取り直して元気に出発。まずは木ノ本駅の駐車場から賎ケ岳とこれから目指す田上山を見上げ位置関係を確認する。その後北国街道の街並みを中心に木之本の歴史を説明しながら登山口である意富布良(おほふら)神社まで行く。そこで改めて砦跡までのルートを説明し再出発するも山道になり一拳にペースダウン。景色の良い所で説明を兼ね小休止しながら砦跡に到着。南郭から順に砦の構造を説明。特に虎口や土塁はその形や役割について詳しく説明するほか「横矢折り」では攻めてくる敵に対し、反撃の仕方を身振り手振りで説明。また、西廓では北方の山々を見渡しながら両軍の配置と戦の概略も併せて説明する。参加者からは質問もいくつか出るなどまさに少人数ならではの和やかな雰囲気で喜んで頂いた。下山後は秀吉の本陣が置かれたといわれる浄信寺を参拝し参加者とお別れしました。

駅前から目指す田上山を見る
展望所から木之本の町並みと山本山方面を見下ろす
こうして敵を撃つ! ガイドも熱演します
プライベート登山のように和気あいあいと
下山後は北国街道木之本宿を散策

JRハイキング(戦国シリーズ 田上山・堂木山)このハイキングは賤ヶ岳合戦エリアハイキングとして毎週交互に実施しているものです。

8月22日(土)(賤ヶ岳合戦の最前線・堂木山砦を訪ねる)             豊臣兄弟天下取りへの戦勝地を体感する

お盆を過ぎ8月も後半に差し掛かってきたが、猛暑が衰える気配が一向にみられない中、京都、岐阜、愛知などから参加者9名は堂木山の高みから、眼下の早稲の品種の稲穂が黄金色に実る一方、晩稲の品種の稲が青さを一段と深め順調に生育している様の田園風景を眺めて楽しまれた後、戦国時代に合戦時に田畑が荒らされて農民に影響がでなかったのかを気にかけられた。また江戸時代には田園地帯を通る北国街道を加賀百万石の大大名前田氏をはじめ、松平氏(福井藩主)、土井氏(大野藩主)、間部氏(鯖江藩主)など越前の大名が通ったことや、中川氏(豊後岡藩主)が賤ヶ岳合戦時先祖の中川清秀公<当時摂津茨城城主>が柴田方の奇襲で大岩山砦にて討ち死にしたためその墓所へ参勤交代時に参拝のため立ち寄ったとの説明に頷かれた後、砦を回られ防備の最重要の虎口は<ここうを脱する>という意味があるなどに理解を深められ、賤ヶ岳戦国ステーションでも合戦の全貌を学ばれ余呉駅から帰途につかれた。

砦跡を目指す
砦跡をくまなく散策する
ガイドの解説に聞き入る
砦跡で記念写真 暑い中をお疲れさまでした

JRハイキング(戦国シリーズ 田上山・堂木山)このハイキングは賤ヶ岳合戦エリアハイキングとして毎週交互に実施しているものです。

8月15日(土)(山頂から賤ヶ岳合戦砦群を見渡す)豊臣兄弟戦いの地、田上山砦と北国街道体感

参加者は6名とややさみしい中に、歴史好きな小学6年生が元気に先導する形で木ノ本駅を「いざ出陣!」となりました。途中の見晴らしの良い所からは賤ヶ岳や琵琶湖を望みながら、南廓の一角が見えたら間もなく主郭跡に到着。皆さん大河ドラマのファンとあってガイドの説明に興味深く聞き入り、広い砦跡をじっくりと見て回り満足気の様子。南北約500m、東西約250mという賤ヶ岳合戦関連砦遺構の中でも最大級の規模に興味津々で、堀切、横堀、竪堀、虎口、土橋など高度な防御機能群を盛んに写真に収め、見晴らしの良い西郭から北国街道や大岩山、岩崎山など望みながら当時の戦況の説明を聞き、羽柴秀長や中川清秀など武将たちに思いを馳せて、それぞれが想像を膨らまされていました。下山後は北国街道で戦国時代創業と伝わる山路酒造で試飲を楽しんで土産物にも余念のない皆さんでした。

登山口の意冨布良神社で
南廓跡が見えたらもう少しで主郭跡
砦跡全体図で説明するガイド
歴史好きの少年はピース!

JRハイキング(戦国シリーズ 田上山・堂木山)このハイキングは賤ヶ岳合戦エリアハイキングとして毎週交互に実施しているものです。

8月1日(土)(山頂から賤ヶ岳合戦砦群を見渡す)  豊臣兄弟戦いの地、田上山砦と北国街道体感

連日の暑さに参加者は3名となったが、皆さん賤ヶ岳や田上山には何度も訪れているという戦国ファンの健脚揃いとあって元気に登頂開始。すぐに秀吉が本陣を置いたと伝わる浄信寺の大屋根や北国街道宿場町の町並みを見下ろして一息入れる。階段道や急坂を上り切ると木々が取り払われた眺望の良い所からは南に小谷城落城のキッカケとなった山本山や虎御前山、さらには竹生島などが見渡せ、一同それぞれ思いを馳せられている様子。南廓の城郭の一端が現れると間もなく主郭跡に到着。この砦は賤ヶ岳合戦の10年前に朝倉義景が小谷城支援のためここまで出陣したこと、敵対する柴田軍は北(福井方面)から攻めてくるのでこの砦は北側と西側に防御機能が集約されていることを話し、広い砦跡をくまなく散策する。皆さんとガイドも一緒になってそれぞれタイムスリップ、その時の武将になって「あーだ、こうだ」と実践的な模擬体験に話が弾む。竹中半兵衛出身地から参加の方からはかなり専門的な質問や話題もあって、和気あいあいと笑顔がはじける楽しいハイキングとなりました。

見下ろす一帯が古戦場
ガイドの解説にも思わず熱が入ります

JRハイキング(戦国シリーズ 田上山・堂木山)                    このハイキングは賤ヶ岳合戦エリアハイキングとして毎週交互に実施しているものです。

8月8日(土)(賤ヶ岳合戦の最前線・堂木山砦を訪ねる)

今回のハイキングには連日の暑さもなんのその、12名の参加で元気に砦跡を目指す。砦跡をくまなく散策する中で、この砦を守備した武将山路正国がどのようにして羽柴秀吉方を離反して、柴田勝家方へ寝返ったのかという点について解説。当初隣の神明山砦に配置されていた山路正国は敵方との内通を疑われ、この砦へ配置換えされ監視されていたのですが、佐久間盛政の調略に乗って離反。そして彼のもたらした情報により膠着した戦局が一気に動き出し、大岩山砦の陥落、柴田方の攻勢へと転じたのでした。参加の皆さんは緊縛した情景を想像して戦国時代に思いを馳せておられました。その中で福井県から参加の方は柴田勝家の正しい評価もしてほしいとの意見もあって、勝者側の歴史観だけでは正しい評価は難しいと感じた次第でした。

土塁跡を歩く
広い砦跡をくまなく散策
ガイドの解説を熱心に聞いていただく
暑い中を無事散策した元気いっぱいの皆さん お疲れ様でした

JRハイキング(戦国シリーズ 田上山・堂木山)                    このハイキングは賤ヶ岳合戦エリアハイキングとして毎週交互に実施しているものです。

7月25日(土)(賤ヶ岳合戦の最前線・堂木山砦を訪ねる)豊臣兄弟天下取りへの戦勝地を体感する

今回のハイキングには連日の暑さの影響か、余呉駅では4名の参加者となったがその分出発時点から和気あいあいとした雰囲気で、道中は羽柴方陣営の真只中、目指す堂木山砦も目前に迫り足取りも軽くまず賤ヶ岳戦国ステーションに到着。小休止の後ここで待機の2名の方と合流し6名で堂木山砦を目指して出発。砦跡に到着すると、まず一部木々が取り払われ余呉湖方面が一望される場所では感嘆の声が上がる。きれいに整備された砦跡は木漏れ日が射す木陰で、北から吹き上げる心地よい風に道中の汗もいつしか消える。広い砦跡には高い土塁跡や深い空堀などが見られ、北の敵陣に備える合戦の最前線の緊迫感をよく体感できました。北の柴田方の砦群を見渡せる場所では当初、羽柴方が敵に押されるように前線を後退させたこと、最終的に毛受兄弟の身代わり作戦で勝家がかろうじて戦場から脱出したことなど、合戦の始まりと終わりを確認していただきました。下山して再び賤ヶ岳戦国ステーションに帰着。昼食の後はフロアマップで合戦の推移を解説し、改めてこの合戦の歴史的意味を感じていただきました。余呉駅への帰路ではかなり近くの田んぼで6羽のコウノトリが群れている姿に出会い、皆さん盛んにカメラを向け、望遠カメラがあったら、と残念がるも大いに感動された様子。実はこのコウノトリたちは朝の道中では遠くに見えたもので、もしかしたらという期待に応えるように近くに居たのでした。こうしてにぎやかに過ぎて予定通り余呉駅に帰着解散としました。

もうすぐ堂木山砦
砦登山口 動物誘導柵と言う鉄柵を開けて入ります
登山道は林道でもあり歩きやすい道です
堂木山砦で
賤ヶ岳戦国ステーション前で
フロアマップで合戦の全体像を解説
帰路を楽しませてくれたコウノトリ一家? 湖北地方で営巣、繁殖しているようです

JRハイキング(戦国シリーズ 田上山・堂木山)                    このハイキングは賤ヶ岳合戦エリアハイキングとして毎週交互に実施しているものです。

7月18日(土)(山頂から賤ヶ岳合戦砦群を見渡す)豊臣兄弟戦いの地、田上山砦と北国街道体感

木ノ本駅を出て住宅地となっている緩やかな赤川の扇状地をしばらく進むと意富布良神社に至る。更にここから田上山目指して登ると山腹からは眼下に木之本の町並みを見下ろせ、浄信寺の大伽藍や市北部合同庁舎などが視界に入る。展望からはこの町並みは古来より栄華を極めたり、幾多の試練を潜り抜けてきたことが想像できるが、ときおり微風が吹くものの猛暑も何のその、皆さん14の瞳を輝かせてひたすら高みを目指して頑張られ主郭へ到達。地元森林組合の尽力で木々の伐採された場所から南方向を望むと小谷城、虎御前山さらに、信長公記にも記述の見える山田山、田部山などが聳え賤ヶ岳合戦の10年前に朝倉義景が浅井氏救援のためここ田上山まで出陣したこと等を話す。また北方向に目を転じると、柴田勢が羽柴(豊臣)兄弟と対峙し越前国境で睨みを効かした日本一の山岳合戦場が一望のもとに見渡せる。参加者のほとんどの方は堂木山ハイキングもすでに行かれたと話されており秀長の本陣趾に満足度を深められていた。また古戦場最大級の縄張りを誇る田上山砦を一回りされ認識を深められたあと木之本地蔵まで降り、有意義な半日を過ごされたことや木之本名物のお土産などに思いを馳せながら帰途につかれた。

南方面 小谷城、虎御前山を望む
北方面 柴田方砦を望む
秀長の気分になって戦場を見下ろす皆さん
田上山砦説明版前で記念写真 大河ドラマの現地に来て感激!

JRハイキング(戦国シリーズ 田上山・堂木山)                    このハイキングは賤ヶ岳合戦エリアハイキングとして毎週交互に実施しているものです。

7月4日(土)(山頂から賤ヶ岳合戦砦群を見渡す) 豊臣兄弟戦いの地、田上山砦と北国街道体感

曇り空ながらも強い日差しがない分登山にはいいかという期待のもと木ノ本駅を出発。今回は参加者5名とややさみしいものの、皆さんの期待感が強く、待ち時間には駅ロビーに設置の登山ガイド画像にも注目。登山口までは北国街道の山内一豊ゆかりの牛馬市、レトロなポストが立つ山路酒造など解説処は盛りだくさんあるも下山後に期待していただいて登山開始。さすがに階段道は汗が噴き出て、駅のガイド画像では、はかま姿の女性と甲冑姿の男性が汗もかかず上っていた姿に「あれは何だった?」との声も出る。砦跡からは秀長の気分になって賤ヶ岳方面の激戦地方面を見、ゆっくりと広い砦跡をくまなく散策して下山。北国街道では山路酒造でいろんな酒を試飲してお土産を手に、それぞれが街道筋の観光に向かわれ解散としました。

7月11日(土)(賤ヶ岳合戦の最前線・堂木山砦を訪ねる)豊臣兄弟天下取りへの戦勝地を体感する

梅雨明けとの報道もあって夏本番の一日になりそうな中、余呉駅には県内各地や地元長浜市からの参加者が多く見受けられ、大河ドラマの展開が姉川合戦や小谷城攻防戦に続き賤ヶ岳合戦へと続く湖北地方が舞台となる期待の影響か?。羽柴方砦群の真ん中の道を進んで賤ヶ岳戦国ステーションに到着し小休止の後、ここからの参加者と合流して21名で堂木山砦を目指す。登山道は林道が整備されほどなく鳥打峠に到着。ここから左の稜線が神明山砦へつながるも今回は右へ登る。すぐに北方の柴田方砦群の行市山、別所山砦方面が見渡せる所に到着。ここで高所に進出した柴田方砦に押されるように最前線の羽柴方砦の天神山砦、城山砦を後退させたことを解説。堂木山砦跡に到着すると南方の田上山砦、大岩山砦、余呉湖、賤ヶ岳方面が一望できるよう木々が取り払われた抜群の眺望に歓声が上がる。ここで昼食とし、合戦ガイドや明治時代の鉄道敷設で全国で3番目に開通したことなどで北陸方面と中京、近畿方面の間の要衝の地であることも知っていただいた。下山後は賤ヶ岳戦国ステーションに戻り、担当ガイドの解説や施設に展示の合戦の資料などで改めて合戦の全貌について学んでいただき、余呉駅に帰着し解散としました。

堂木山砦を目指して出発
堂木山砦ーの登山道は林道として整備されています
堂木山砦で記念写真
賤ヶ岳戦国ステーションで 両陣営の砦配置図で戦況の推移を確認する

7月12日(日)JRハイキング(羽柴軍に対峙した壮大な遺構を体感しよ う)賤ヶ岳合戦、柴田勝家の本陣を行く

梅雨明けの夏空になった日差しの下、17名の参加者で木ノ本駅から路線バスに乗車。この方面が初めての方が約6割とあって、車中からの風景や合戦の解説に興味が深まる。柳ヶ瀬バス停で下車して玄蕃尾城跡を目指して登山開始。健脚の皆さんとあって予定より早く倉坂峠に到着し小休止。ここからの急坂を難なく上って10分ほどで砦入り口に到着して、設置の解説版で砦跡の全貌を知っていただく。「玄蕃尾城を知らずして城郭を語るに及ばす…。」と思わずガイドの解説にも力が入るほどのよく整備された砦跡です。それには敦賀市側の保存会の皆さんの取り組みにより維持されているものでもあります。見学は後にしてまずは昼食として広い砦跡に思い思いに腰を下ろす。昼食後はいよいよ全域をくまなく散策して、特に物資を搬入、貯蔵したであろう兵站郭の役目と重要さを知って頂いた。途中には、「ここは将来は福井・北ノ庄城と長浜城の繋ぎの城とするものとして構築されたのではないのだろうか?」などの感想、推理も出るなどそれぞれの思いには「なるほど」と一同盛り上がる。馬出し、横矢、食い違い土塁、枡形、虎口など城郭用語が満載の案内と成りましたが、参加者皆さんのメモを取る熱心な姿に改めてガイドの責任の重さを実感した次第でもありました。下山道は下りのみとあって楽々に柳ヶ瀬バス停に到着。今度は余呉駅に向かい帰着し解散としました。

柳ヶ瀬バス停で 登山の注意事項を確認する
柳ヶ瀬の集落を行く
木漏れ日の登山道はかつての街道です
玄蕃尾城に到着 砦跡の全体図で全貌を確認する
よく残る遺構の土塁跡から 馬出し、横矢など砦の仕組みを解説する
主郭跡で記念写真 きれいに整備された砦跡は安心して見学できます