6月15日(土)JRハイキング (山道と湖畔景観を楽しむ) 賤ヶ岳~余呉湖の花道(アジサイ)を辿る

天気予報から雨マークが消え、強い日差しが降り注ぐ中にも強めの南風も心地よいハイキング日和となり、高月駅を32名の参加者で出発。道中は刈取りを終えた麦畑と田植えが済み青さを増す風景の田園地帯を歩いて、西野水道史蹟公園に到着。ここは江戸時代末期に手掘りで排水トンネルを掘って洪水を防いだという大土木遺産で先人の苦労が偲ばれます。ここから尾根道に至る坂は重い米俵を背負って琵琶湖岸の港まで人々が往来した苦難の道でもありました。尾根道は古保利古墳群という国内でも屈指の規模の古墳の集中地で、そこかしこのマウンドの連なりに古代に想いが至る。途中見晴らしの良い場所でランチタイムで休憩する。古墳群最北端にあるのが古墳群最大で最後の前方後円墳の西野山古墳。この辺りは標高320メートルでこれに続くのが丸山の360メートルのピーク。ここを越えると一旦鞍部に下がり、最後に421メートルの賤ヶ岳山頂に登る。山頂からは奥琵琶湖の絶景を楽しみ、踏破した尾根道も眼下に見下ろし達成感も味わう。山頂では休息と定点ガイドの賤ヶ岳合戦の話に耳を傾け、今度は急坂を余呉湖畔に降りる。湖畔のアジサイ園は丁度見ごろを迎え、一般の散策者も多く賑わう中を抜けて予定通り余呉駅に到着、解散となりました。この行程は平地、尾根道とやや長めのコースですが、参加者の多くを占める女性達も健脚を誇り、満足して頂いたハイキングとなりました。

西野水道史蹟公園 山道を前にここで一息入れる
尾根道にある古保利古墳群解説板で全体像を学ぶ
もう少しで賤ヶ岳です あとひと踏ん張り
展望所で 奥琵琶湖の景観に歓声が上がる
賤ヶ岳山頂で記念写真 満足感で笑顔がいっぱい
余呉湖畔のアジサイ園も見ごろを迎えています

6月12日(水)木之本中学校の校外学習のお手伝いをしました

木之本中学校の恒例行事の校外学習が行われ、6名のガイドでお手伝いをしました。「郷土の良さを知り、郷土を大切にする心を養う」、「集団の一員としての自覚と行動を高める」を目標に、地元の街中を歩いて歴史や産業などをつぶさに見学するというものです。私達ガイドの役割は、江戸時代の北国街道木之本宿などの歴史、養蚕、糸取り、醸造業の繁栄など過去から現在への地元の様子を体感してもらうことです。きのもと交遊館では48名の1年生の生徒さんと付添いの先生方が6つの班に分かれて出発式を行い、班ごとに分かれて街中へ繰り出しました。この街には醤油醸造元が3軒、造り酒屋が2軒あり、いずれも古い歴史があります。宿場町とあって大名が宿泊した本陣や庄屋など江戸時代の建物の見学、古い町並み保存の民家の造り、寺院、神社、養蚕業にまつわる生糸工場などの見どころは盛り沢山で、生徒さんは果たしてどの程度理解されたか不安でしたが、強い日差しの中での道中も一生懸命聞くという学習態度は立派でした。木ノ本駅前の江北図書館では隣接の新設されたカフェ、リブプラス(Lib+)さんのご厚意により硬水、軟水、水道水の違いの勉強と言う思いがけない体験と休憩ができたことが何よりでした。出発前と後では生徒さんの街への思いが少し変化したようで、どのようなレポートが作成されるか陰ながら気になるところです。

きのもと交遊館で出発式
江北図書館の歴史を学ぶ
古い歴史の江北図書館と新しいカフェ
カフェ リブプラスさんで水の勉強と休憩をさせていただきました

6月9日(日)JRハイキング(信長亡き後、柴田勝家派と羽柴秀吉派が激突) 信長後継者争い賤ヶ岳合戦と糸取り見学

雨雲レーダーには雲の切れ目があるもののあいにくの雨予報で、風も強いためリフトでの賤ヶ岳登頂を諦める。糸取り工房も肝心の繭の生育が遅れこちらも見学できず。本日のメインテーマがなくなるという異常事態にも拘わらず11人の参加がありました。それでも予定の賤ヶ岳山麓の大音集落の伊香具神社に参拝。ここの異色の鳥居の説明や羽衣伝説、ご祭神の由来などについて聞いていただく。そのご祭神の祖神を祀るのが近くの一宮神社で、二宮神社にあたる神社が近くの集落にあり、この集落にはその縁で二宮姓が多く、本日のガイドもその二宮であることから話が大いに盛り上がる。田植えが済んだ田園地帯を歩き、農業事情なども話題に黒田家御廟所に到着。黒田家のルーツ話に官兵衛ファンの人も福岡県がルーツでなかったことにびっくりされていた。木ノ本駅に帰着し、駅前の江北図書館に併設されたカフェ(Lib)で昼食タイム。ここはパン屋さんの運営とあって、色々なパンを注文してお土産にも買われ楽しく過ごす。最後はきのもと交遊館で宿場町などを解説し早めの解散。メインのコースが行けなかったことをお詫びしたが、「楽しかった」の一言に救われました。解散後皆さんは伝統の醤油を買ったり、浄信寺の戒壇巡りを体験されるなど思い思いに過ごされ帰路につかれました。

江北図書館前で記念写真
賑やかに昼食タイム
リブプラス 絵本から出てきたキャラクター達も
カフェ リブプラス 図書館に併設とあって絵本の表紙なども

6月8日(土)JRハイキング(浅井三姉妹の落城ルートを探る) 落城の小谷城跡を探訪―月所丸

今回のテーマを体験するルートは、番所―展望所―赤尾屋敷―本丸―京極丸―山王丸―月所丸―大野木屋敷―御屋敷のコースとなります。丁度小谷城の麓は麦の刈入れの最中で、刈取り後の田には野焼きの煙が上がる正に麦秋の候の中、参加者は小谷城を初めて訪れた方も多く、18名で河毛駅を出発しました。展望所では琵琶湖を望み、沖島、安土城、八幡山、佐和山、彦根城、長浜城など戦国時代関係地の説明に興味をもって聞き入っておられました。続いて浅井長政が自刃した赤尾屋敷跡に。最近この辺りは関係者により木々が整理され雰囲気も明るくなりました。お市と茶々・初・江は小谷城脱出後伊勢上野城から清州城、岐阜城へと移されたとするのが通説ですが、地元の言い伝えでは落城前に浅井長政が平塚集落にある実宰院の姉・昌安見久尼に託したとも伝わります。しかし小谷落城の際どのルートを通って脱出したかは不明です。その際に通ったかもしれない月所丸の砦跡で、参加者の方が作成された資料で落ち延びルートを考える貴重なひと時を持つことができました。大野木屋敷跡ではドローンで撮影した屋敷の石垣全貌写真にその巨大さに感動、つぶさに観察してここで全員の記念写真となりました。その後、下山途中にある巨大竪堀などを説明しながら清水谷に下山し、予定通り無事終了しました。

展望所から琵琶湖方面を望む
田園地帯を小谷城へ向かう 麦の刈取り後の煙がたなびく麦秋の季節です
赤尾屋敷跡 長政公自刃の所と伝わる霊地にも日が差し明るくなりました
大野木屋敷跡で集合写真 ガイドが手にしているのがドローンで撮影した遺跡の全体像
下山途中で竪堀の遺構に見入る 城跡には様々な遺構が見られます

6月2日(日)JRハイキング(ササユリとコアジサイの群落に酔う) 山門水源の森が輝く季節

毎年の人気コースで当初は40名予約のところ、天気予報が芳しくなかったためか27名となったものの、一時的な小雨でハイキングには支障がありませんでした。集合場所の永原駅から約7キロメートルを歩いて到着した森のゲートで迎えてくれたのがコアジサイとササユリ。早速の歓迎ぶりにスマホ、デジカメの放列で期待が膨らむ。靴底を水で洗い協力金を納め、森の楽舎(まなびや)に入りここで昼食を済ませて沢コースを登り本番の山門湿原へ向かう。途中の渓流沿いにササユリが咲く光景に「奥入瀬渓流のよう」と言う感想も出るなか、20分ほどで到着。ここはかつては薪炭林でしたので炭焼き小屋が復元されています。ここから湿原沿いに散策コースが伸び、ここもコアジサイやササユリの花道ですが、なんと言っても圧巻は南部湿原の展望台付近です。多くのササユリ、コアジサイの大群落にモリアオガエルの卵塊が見られるなど、本日のハイライトでした。そこから秋には紅葉のスポットとなる四季の森で小休止して急坂を登り北尾根に到着。アカガシのうっそうとした森を抜け、山門を代表する植物のユキバタツバキの大きな群落を過ぎ、やがて終点近くなると再びササユリの群落が本日のフィナーレを飾るかのように待ち受けてくれていました。参加者の皆さんはここでも盛んに写真に収め、大満足の笑顔で帰路につかれました。

入口の森の楽舎で確認事項を解説
水源の森への道も少しあります
南部湿原展望台へ降りる コアジサイなど花が満開
四季の森へ尾根道を行く
四季の森で記念写真 ここは秋には紅葉で染まります
鹿の食害から守る保護活動で維持されています
ササユリを写真に収める

5月28日(火)トピックス  奥びわ湖観光ボランティアガイド協会創立10周年記念式典を開催しました

当ガイド協会は創立以来10年を経過し、この度関係各位のご臨席を得て記念式典を行いました。創立は平成25年に旧伊香郡と東浅井郡にあったガイド関係団体が合併して誕生。合併前の平成23年の「江・浅井三姉妹博」では多くの観光ガイドが活躍し、奥琵琶湖地域の観光に大きく貢献したことを契機に合併機運が高まり、その後の「黒田官兵衛博」や観音祭りなど、最近ではJRハイキング、賤ケ岳合戦砦巡りや小谷城址ガイドなどを企画実行しています。記念式典には、長浜市、長浜観光協会など関係団体の来賓の臨席と祝辞をいただき、式典の後は長浜城歴史博物館福井館長の記念講演、続いて通常総会を開催しました。10周年に際しては会員向け記念誌「つなぐ」を発行しました。当会の歴史や会員一人一人の思い出などの寄稿、ガイドに当たっての解説ポイントなどを網羅し、この表題には、ガイド活動を通して、奥びわ湖の豊かな自然・風土・歴史を後世に伝え引き継いでいくと共に、人と人との繋がりの輪を広げ、お互いに豊かな人生を歩んでいく明日への思いを込めたものです。この式典で次の10年に向けて全会員が決意を新たにした一日となりました。

ご来賓に謝辞を述べる本大会の富永実行委員長
開会前 10年間の思い出の映像に見入る
長浜市長(代理・江畑副市長)の祝辞をいただく
長浜観光協会、今井専務理事の祝辞をいただく
記念講演の演題
記念講演 長浜城歴史博物館福井館長の講演
本会の歩みのページから
記念誌(非売品) 会員の寄稿などで構成

5月25日(土)JRハイキング(菅原道真ゆかりの地)ブナ林の古刹菅山寺を裏参道から訪ねる

この日集合場所の木ノ本駅では丁度、観光案内所と土産物販売所(ふれあいステーションおかん)のリニューアルオープンのセレモニーが行われ、関係者の華やかなテープカットの賑わいの横で受付のタイミングとなりました。路線バスには22名が乗車して川合で下車、そこから高時川沿いを大見の集落へ歩く。大見神社のつり橋参道を渡り、医王寺から大見いこいの広場へ。ここで昼食のあと裏参道の山道を黙々と1時間かけて菅山寺境内に到着。菅公お手植えと伝わる欅の古木の下で休憩して、弘法水や陰明門院と白子王子の墓、本殿から朱雀池と神秘的な境内にはモミの木、アカガシの大木、トチノキ、ブナ等の幽玄の森、鳥のさえずりに朱雀池にはモリアオガエルの卵魂も。「ワ~ッ癒される、いいとこやね」の声も上がる中、約1時間の散策を終えていよいよ菅山寺とも別れ、見返り峠への登り道をゆっくりと上がる。峠から山本山、琵琶湖を一望して休憩。ここから一気に坂口の表参道入口へ下山する。ここにある江戸時代からの老舗菊水飴本舗でお土産を購入して一路余呉駅へ。予定通り到着して電車に乗っていただきました。少しきつい位の行程でしたが、天候にも恵まれ心地よい風の中を楽しんで頂けたハイキングとなりました。

医王寺で重要文化財のご本尊について解説
丁度木ノ本駅ではオープニングセレモニーのテープカットのタイミング
一部に難路もありますが、深い緑の参道を行きます
菅山寺のシンボル欅の古木と山門前で記念写真
菅原神社(天満宮)前の朱雀池で
弘法水の由来について解説
見返り峠から山本山、琵琶湖方面を見下ろす この景色が癒しとご褒美

5月19日(日)JRハイキング 滋賀の隠れた人気スポット・土倉鉱山へ

天気予報を見てか参加者は少し減って25名で木ノ本駅から路線バスで出発。このコースは最近ブームとなっている「廃墟スポット」に着目した新企画。土倉鉱山は長浜市の北部、岐阜県境に近い山中にあった銅鉱山で、明治43年の採掘開始から昭和40年に閉山されるまで、戦後の最盛期には関係者、家族など1500人が暮らし、学校、病院、映画館などもある街があったのです。この日は全国トチノキ学ネットワークの初めての全国大会が木之本町で行われ、その現地見学会の参加者の方々と行程が重なりました。鉱山跡付近は全国的にも貴重なトチノキの群生地として保存に向けた取組みが行われています。さて、金居原のバス停から徒歩40分ほどで入口に到着しここで昼食を済ませる。この場所は第3選鉱場跡で続いて第2選鉱場跡を目指す。途中、坑道跡を見ながら新緑の土倉谷を進み30分ほどで第2選鉱場跡へ到着。いずれも施設の残骸が残り廃墟らしさを体感することができた。ただし一部には崩落の危険があるため立ち入り禁止の柵も設置されているので見学には留意する必要があります。ここで大勢の登山者と出会い、にぎやかな声が谷間に響き渡った。ここからUターンして金居原の合歓(ねむ)の里へ下る。ここでもトチノキ組と重なって資料館の中はかなり混雑。ここにはかつての最盛期の鉱山一帯の写真が展示されてあり、地元の方から説明を聞けるなど土倉鉱山の実態を知ることができて参加者の皆さんは大満足の一日でした。

第3選鉱場跡 ここから鉱山跡へ 一部に安全柵が設置されています
緑深い土倉谷を行きます
他の登山グループと出会い賑やかな谷間となりました
第2選鉱場跡に見入る 往時の活況と廃墟とのギャップに想いも複雑です
往時の鉱山の賑わいを示す写真が展示されています
合歓の里で銅鉱石の説明を受ける

5月18日(土)レイカディア大学例会 城郭探訪会 をご案内しました

滋賀県レイカディア大学の5月例会で賤ヶ岳古戦場を訪問されました。総勢80名ほどの学生さん(シニアの方々)を5つの班に分かれていただき5名のガイドでご案内しました。木ノ本駅で注意事項や準備体操などを済ませて出発。伊香具神社を鳥居から参拝してリフト乗り場へ。一般の登山者に交じってもスムーズに乗り込んで山頂駅へ到着。まず奥琵琶湖を見下ろす展望所から歓声の第一声。青空を映して一層青い湖面がきらめく。頂上では記念写真と昼食などで景色を楽しまれた後はガイドの出番で、賤ヶ岳合戦や展望する景色を解説。午後は一班はリフトで下山して木之本宿などの散策コースへ戻り、残り4つの班は尾根道から下山。猿ヶ馬場、大岩山砦跡、岩崎山砦跡を見学して麓の余呉湖観光館で小休止後、予定通り余呉駅に到着して解散となりました。園芸科や健康づくり学科などで学ばれているクラスメイトの方々は終始賑やかに会話が弾む楽しい「遠足」となったようでした。

木ノ本駅で出発式 暑さ対策をしっかりと
賤ヶ岳頂上で合戦のガイド 熱心に聞いていただきました
琵琶湖方面を見下ろして 見慣れた琵琶湖もここから見ると少し姿が違います
下山道 頂上直下など一部に急坂がありますが難なく下ります
大岩山砦跡で ここは守備隊が全滅した激戦地 江戸時代には墓地公園化されました

5月3日(金・祝)JRハイキング (続・日本百名城)山城の教科書・玄蕃尾城跡へ

快晴。爽やかな初夏の日和の中、人気の玄蕃尾城跡を目指して35名の山城ファンが集結しました。このコースは登山口まで路線バスを利用するため乗車定員が上限となって、一部の方にはご希望に沿えないのが実情です。さて、柳ケ瀬バス停からの登山道は一部に急傾斜地を横切る注意箇所もありますが大体緩やかな坂道で、元々は近江の国と越前、敦賀を結ぶ主要道路だったため電柱跡などにその名残りが見られます。到着した峠が倉坂峠でここから少し急坂を登り切ってたどり着くのがお目当ての砦跡です。入口に整備された解説板で砦跡の全体像をつかんで、馬出、土塁、横堀など鮮やかに残る遺構をつぶさに確認。砦跡はきれいに整備され安心して見学することができ、特に圧巻が深い堀切と高い土塁など織豊期の城郭の特徴が良く残る遺構に感慨もひとしおで、皆さんがどうしても来たかった地だと喜んでおられた。下山してからは柳ケ瀬集落に残る関所の建物などを見学して帰路に就きました。

かつての山越えの街道が登山道
登山道入口で注意事項を確認
城跡入口に整備された解説板 
主郭跡で記念写真 山中ではありますが城内はよく整備されていて探索に最適です
下山して柳ケ瀬の集落へ
移築された関所門を見学 ここは明治天皇行在所でもありました